9-5
「あーあ、真っ暗になっちゃったね。セツリ… 大丈夫かな」
「グアッ」
完全に夜の帳が下りた頃。
カンナとベルは、洞窟入り口近くにキャンプを張り撤夜で彼の帰りを待つ事にした。
「あの門番達も、セツリが行っちゃった後はなーんにも教えてくれないし。私達に出来る事は、只待つ事だけ」
「グァグア」
「寒いね、ベル」
「グァ」
「でも、あんなにお月様が丸い… ねぇ、ベル。私ね? 本当は私…」
「グーァ?」
「…… んーん。ごめんね? にゃははは、なんでもないよ。あーあ、セツリ、早く戻って来ないかなー」
宵闇の中、一人と一匹は揃って月を見上げる。
妖しく輝き魔性を帯びたその月は、二人と一匹を嘲笑うかのように黒の天球上にぽっかりと浮かんでいた。
夜は長く。その果てに到達するには、未だ多くの星の瞬きが必要だった。
◆ ◆ ◆
「僕と同じ、白の… 星」
「ダンナの掌のソレに惹き付けられたのは、確かに自分が元解呪師だからという手前もありやす。ただし、それ以上に、ダンナのソレ。その正体を… いや、正体の一端を知っているからこそ、自分も同じモンを宿しているからこそ、惹き付けられた」
そう言いつつ、今度は足を入れ替え逆の足を上げ、その裏を示す。
「アァ、ちなみに逆の足にはありやせんぜ。片足だけ。ダンナはどうです? ダンナのそいつぁ、両の掌にあるんですかい?」
「… あ、え? はい。両掌に、あります」
自分と同じ白の不幸の星を持つ存在。ただし、その白の星はセツリのそれと比べると圧倒的に小さく、箇所も手ではなく足。それも片方だけ。それが意味する事は一体何なのか?
そして、セツリにとって何より衝撃的だったこと。それは、カイドウの思惑である。以前、カゴミ村にてセツリの白の星を診た時、カイドウはこの話を一切口にしなかった。自分と同じ、白の星を持つ存在の事を。その存在を知りながら、あえてそれを伏せた。そして、このタイミングで彼とレンギを引き合わせた。
果たしてその意味は? 意図は? 目的は? セツリの心中は、ますます困惑を極める。
「これは業。自分の背負った業。自分をこの地へと永遠に縛り付ける呪い。アァ、アァ。あのお方も、自分に嫌な役割を押し付けたもんだ。ダンナ、こんなくんだりまで来て自分の話し相手になってくれたお礼だ。これから、ちょいと自分語りをさせてくだせぇ… その話を聞いた後、ダンナがどう結論を下すのか。自分は、どんな審判でも受けいれる所存だ」
そう前置きをした囚人は、未だに目を白黒させ戸惑っているセツリを尻目に一人淡々と語り出す。
「ダンナ、自分は… 人殺しなんでさぁ」
「人、殺し?」
「アァ、そうです。それもただの人殺しじゃねぇ。大量殺人鬼。人斬り。《緑の悪魔》… レンギ=グリーンデイとは自分の事です。まぁ、もう十年も前の話になりやすがね」
緑色の短髪をくしゃくしゃと掻き揚げ、小さく溜息をつく件の囚人。
「その二つ名、どこかで…」
「まぁ、ダンナも名前くらいなら聞いた事があるやもしれやせんね。ですが、恐らく文献や記録には何も残っていないはず。そう、言わば名前だけが一人歩きしている。都市伝説。噂話程度の精度。緘口令なんてもんは、あってないようなものでしょうよ」
「ま、待って下さい。俄かには信じられませんが、それと呪いに… 何か関係が?」
レンギは、牢獄内に響き渡るような、とびきり大きな声を上げ、哂う。
「ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハ。そう、ダンナ、そこなんです。それが問題。そこが問題。大問題」
セツリの胸の内に、少しずつ負の感情或いは割り切れない何かが募っていく。
「聡いダンナなら少しずつ実感してきちまってるんじゃないですかい? 自分とダンナの共通項。それとも、まだヒントが足りやせんか?」
「僕は…」
「アァ、勿論、大切なのは殺人ってとこじゃありやせんぜ」
十年前。呪い。白の不幸の星。大量殺人。囚人。
以上の、異常のキーワードから導き出される答え。
数刻の後、やがて、セツリは一つの結論に至る。
そう、
至ってしまう。
END