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「カイドウ=フォルスターからの依頼で参上しました、解呪師セツリ=ブラックハートと申します」
まるで、これから幻獣との戦闘を強行するかの如き厳重装備を纏ったそんな門番に、自らのアイデンティティたる銅のロザリオを提示するセツリ。
「お待ちしておりました、解呪師殿」
鉄仮面により隠されたその表情を窺う事は出来ないものの、手にした武器を下げ警戒態勢を少しだけ緩める二人の門番。
「ねぇねぇ、門番さん。ここってなーに? 誰が入れられてんの? 何だかちょー怪しいよ」
「ちょ、ちょっとカンナさん!」
例え相手が誰であろうと、物怖じせずに自分の知的好奇心を満たすためだけの疑問をためらい無く考えも無く口に出来る図太さ。それは元々彼女に備わった性格であると共に、長年その隣に存在してきたセツリによって培われてしまった美徳の一つでもある。
「あの、連れの者が失礼しました。この人ちょっと残念なアレなもので」
「残念って何だよぅ! 胸か! 胸の話しか!」
「落ち着いてくださいカンナさん。総てです」
「タチが悪い!!」
相変らずその鉄仮面の下の顔は読み取れないものの、そんな二人のおよそ場違いなやりとりを尻目にもう一人の門番がその口を開く。
「… ここは名も無き牢獄。見た目はただの小洞窟だが、その奥に地下へと続く階段がある。貴殿には、そこからとある罪人の待つ牢へと向って頂くことになる」
「地下、ですか」
一見、カンナの要求通り素直に情報を開示しているようにも思える門番のセリフ。しかし、恐らく意図的に隠されたであろう詳細の数々が、セツリに更なる疑問を抱かせる。
「ふーん、牢屋かぁ。でもさぁ、わざわざこんな人気の無い場所のしかも地下でしょ? 何でこんな中途半端な道端みたいな場所なんだろうね? どー考えてもワケアリって感じだよ。それってやっぱりさぁー、よっぽどの大悪党達が投獄されてるって事かな」
「我等がその質問に答える事は出来ない… だが、その認識はあながち間違ってはいない。一つだけ訂正を加えるとすれば… 《達》ではないという事だけだ」
「つまり、地下の牢獄にいる囚人は、たった一人?」
顔は見えずとも、一瞬だけ門番が笑ったように思えたのも束の間、二人は護っていた洞窟の入り口から一歩退き、セツリにその路を明け渡す。
「それらを自らの目と耳で直接知り得る事も、今回の解呪師殿の仕事の一つだと伺っております。そして、我々の仕事は解呪師殿にコレを渡し、奥へとお通しする事のみなのです」
そう言って、懐からとある小さな鍵を取り出しセツリへと手渡す門番。
「もしかしなくても。これ、その囚人の牢のカギ… ですよね?」
「ご推察通りです。これを使うか否か、それも解呪師殿に委ねられています。さぁ、奥の階段へとお進みください」
地下の牢獄。
たった一人だけの囚人。
託されたカギ。
そして、呪い。総てが闇のベールに包まれたカイドウからの依頼。
恐らく、自分にとって、自分達にとって、決して後戻りの出来ない分岐点であり、分水嶺になるのだろう。
セツリはそんな事を逡巡しながら、受け取った鍵を黒い拳の中で握り締める。
「良っし、行こうセツリ! どうなるか分からないけど、何があっても私が…」
フンスと鼻息荒く気合を入れ直したカンナがそう言い掛けた瞬間、横にいた門番が悉くそのセリフを遮る。
「盛り上がってるところ水を差すようで悪いが、ここを通る事が許されているのはその解呪師一人のみだ。貴殿と愛玩動物にはここで待機して頂く」
「な、なんだってぇええええ!!!? ちょっと待てオラァ! そんなの誰が決めたか知らないけど」
更に鼻息を荒くし、声を上げるカンナ。そして、そんな状態の彼女を宥める事が出来る人物がいるとすれば、それはたった一人のみ。
「カンナさん、抑えてください。グウネせんせいの口調が移っちゃってますよ? カンナさんにそんなセリフは似合いません」
「で、でも…」
「僕なら大丈夫です。だからこそ、信じて待っていてください。ベルも、ね?」
「グゥー、グァーグ」
未だ納得できない様相を見せるカンナも、そんな彼のセリフと笑顔の前ではその口をつぐみ、その心情を切り替えるほか無かった。
「分かった。私達、待ってるから。セツリが戻ってくるまでずっと待ってるからね! でも、危ない事しちゃ駄目だよ? 無理も無茶もしちゃ駄目だから! あと、あと」
まだまだ言い足りないカンナを尻目に、苦笑いを浮かべながら小さく一度だけ頷いたセツリは、一人、洞窟内部へと消えて行くのだった。
END