1-6
セツリは解呪を始めるにあたり、目の前の男の不幸の星を探していた。
が、相手はただでさえ全身から蒼い炎をあげている上に、その体には何重にも渡って包帯が巻かれ、完全に星の位置が隠される形になっていた。
基本的に彼が呪いを解くには対象の星の数と同じだけの本数の指で、対象者の患部に直接触る必要があった。つまり、今回の場合は6本。
不幸の星の位置が分からないとはいえ、ヒントがないわけではない。
目の前の男の体は既にその6割が灰になっていた。つまり星の位置は必然的に残りの4割のどこか、ということとなる。
下半身が既に灰と化している男の場合、大まかにいえば右腕、体、顔のどこかということとなる。
セツリは躊躇うことなく男の右腕の包帯をはがしていく。すると彼の目測通り、男の右腕からは6つの禍々しき星が現れた。
「6つ星………。災害レベルの呪い。本当に、この僕にこんな高レベルの呪いを解く事が出来るのか?」
彼がその星に触れた瞬間、右腕から蒼の炎が噴き上がる。
「けど、絶対に、離すもんか!」
6つの星に6つの指をあてがい、精神を集中させる。
燃える。
体中が燃えている。体はおろか、精神すら燃やされていくのが分かる。
体の中から、外から、燃やされていくのが分かる。
圧倒的に大きな何かが僕の中に入ってくるのが分かる。
その何かは、僕を食らい尽くそうと内部から食らい尽くそうとしているのが分かる。
僕は必死に抵抗しようとさらに意識を研ぎ澄ませる。
炎に対抗するためのイメージ。
僕は水をイメージする。
朝、食卓に並んだコップの1杯の水、教会を掃除するためにバケツ一杯に汲んだ水、カンナさんと行った街中で見かけた噴水、村の近くを流れる川。
駄目だ。こんなイメージじゃ炎は覆せない。
僕は記憶を深く深く探っていく。
いつごろだろう、僕がこの教会に、神父様に引き取られる前の最後の記憶。一度だけ見た事がある大きな大きな海のイメージ。荒れ狂い、全てを呑みこまんとする大海原のイメージ。
これだ。この炎の海に対抗するにはこれしかない。
僕はかざした両腕に向かい、一気に力を込めていく。
男の中の「呪い」が、セツリへと流れ込んでいく。
時間にしてみれば、ほんの6分にも満たない僅かな時間。
しかし、セツリにとってこの時間、この瞬間は、永遠にも似た時間と言えた。
セツリの体から大粒の汗が流れ落ちる。彼の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。
目の前の男から一切の炎が消え、それと同時に村全土に燃え広がった炎も、まるで何事も無かったかのように消え去っていた。
セツリの目の前に残されたのは、今にも消えてしまいそうな男が一人。
その男の表情が、ふと安らかなものへと変わった。少なくとも、セツリにはそう見えた。
その瞬間、彼の体の全ては完全に灰へと変わり果て、風がその灰を教会の外へと、村の外へと運んで行った。
「は、ははは、やった。神父様、僕、やりました。こんな僕でも、誰かを救う事が出来ました!」
もはや、その顔を伝う涙を隠すことも無く、セツリは神父がいるはずの方向に振りかえった。
彼の視線の先、そこには一人分の人間の灰だけが、全てを物語るかのようにとり残されていた。
力を使い果たしたためか、神父の変わり果てた姿を見たためか、災害を解呪した業なのか、セツリの意識はそこで途切れ、その場へと倒れ込んだ。
END