8-4
「気に入らない」
とある道すがら、呪いに犯された一匹の野生動物に解呪を施そうとしたセツリ。
その瞬間の話。
シノノメとの出会いが想起されるその出来事は、正にそんな瞬間に起こった。
突き刺し鮮血に染まった仕込刀を件の野生動物から引き抜きながら、シノノメはそう吐き捨てるように呟いた。
「やっぱり、気に入らない」
「ちょ、またやったなこのやろぉー! どうして助けられる命を身勝手に奪うんだよ!」
二度目となるその行為に対し、カンナが声を荒らげ猛抗議を繰り返す。
一方、解呪を中断されたセツリは暫くシノノメの顔を見つめた後、ゆっくりと言う。
「気に入らない… そう仰いましたね。それは… 僕のこの行為に対してですか? それとも僕のスタンスや志が、でしょうか」
付着した血潮を振り払うため、傘の仕込み刀を見事な手捌きで素早く回転させながら、シノノメは言う。
「当然、両方。忘れたの? ボクは監視役だよ? ボクの上司であるアラヤは、キミ達に告げた筈だ。解呪を行わなければ、解呪師もただの人だって。その意味、分からなかった訳じゃないでしょ。それとも、自分が神様にでもなった気分でいるの? 単なる偽善、自己満足」
そんなシノノメの言い分に対し、黙って一度だけ頷いたセツリが応える。
「だからと言って、僕は解呪を止めるわけにはいかない。解呪は僕にとっての標。生きる意味。大切な約束。例え誰に忠告されようと、例え監視役の少女が来ようと。僕は、僕自身のために解呪を行っています。だからこそ、アラヤにでも上司にでも、そう報告すればいい。僕が解呪を止める時… それは僕が僕で無くなってしまったその時だけです」
「キミ、そんな事言ってるといつか殺されるよ? それとも、この場でボクに始末されたいの?」
そう言って今だ真っ赤な鮮血が滴る仕込刀の切っ先をセツリへと向けるシノノメ。
だが、そんなセツリの間に立ち塞がるかのようにして、カンナと、そして震える身体を圧してベルが低い唸り声を上げ敵意を剥き出しにする。
「勝手に話を進めてもらっちゃ困るぜぃ。シノちゃんがどれだけ強いか知らないけど、私達だってセツリを護るって決めてるんだ。これだけは死んでも譲れないね!」
「… 揃いも揃って気に入らない。そもそも呪いに掛かった野生動物を殺すなんて、非難されるような行為じゃない。場所によっては一般的に浸透した、生物としての生存本能に基づいた生存のための行動原理だよ」
尚もその刃を下げるつもりのないシノノメに対し、セツリは尚も優しく語り掛ける。
「確かに。ですが、その判断という奴には少しだけ訂正箇所があるようですね。それはあくまで助けられない、助かる見込みのない、周囲に被害が及ぶ。そんな最悪の事態に対する処置だった筈です。対して、あなたの行ったそれは… 助かる見込みのある、ましてやこうして今正に助けられようとした、そんな助かった筈の命に対する仕打です。シノノメさんの行ったそれは… 単なる殺戮であり、命への冒涜でしかない」
「詭弁だよ。命の価値や重さなんて、笑い話にもならない。それともキミはこの野生動物の命と、例えば国王の命の価値が一緒だと思う?」
「それとこれとは話が違うだろぅ! それに、私達は神様じゃないんだ、命に優劣なんてつけられないよ!」
セツリが口を開く前に、カンナが激しい見幕で堪らず会話に割って入る。しかし、そんなカンナを一蹴するように、それが彼女の矜持であり信念であるように。日傘を差した赤の監視役は、虚空を見据えながら淡々と答える。
「そう。でもね。同じなんだ、ボクにとっては。命の価値に興味なんて無い。もしも呪いに犯されたなら、もしも命令されたなら。ボクは、国王だって殺してみせる。ボクは、そういう風にして生きてきたんだ。命を刈り取る事だけを目的に作られたんだ。ボクは……… キミ達とは、違う」
命を護るものと、命を奪うもの。
決して分かり合えない壁。理解し合えない心。立場、人種、何より思想の壁が二人を大きく別つ。
反目。対立。不和。
そんな避けようのない軋轢を含みながらも、三人と二匹の旅は続く。
… 誰かにとっての決定打とも言える、そんなとある出来事が起こるまでは。
END