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第八解 「赤雷。日傘の訪問者」
グウネ医師の診療所を後にした二人は、次なる町へとその針路を定め、とある街道を進む。
二人の目指す王都は未だ遠く、今はただ、一歩ずつその歩みを重ねて往く事のみ。
「セツリ、セツリ! ほら、あそこ! あの木の下のとこ!」
「わ、分かってますから、そんなにひ、ひっぱらないで下さいよカンナさん。僕は、カンナさんと違って体力馬鹿ってわけじゃないんですから」
カンナに半ば強引に引きずられるようにして、セツリは街道の脇に生い茂る木々へと近づいていく。
「脳筋違うもん! むしろ、か弱くてびょーじゃくな薄幸の美少女だもん!」
「もんって… ハハッ。そしてカンナさん、その言葉の意味知ってます?」
「うぅっ、何だよぅ、その顔。って今はそんな事言ってる場合じゃないよセツリ!」
勿論です。
そう結んだセツリは、カンナを追い越し、彼女が示す目的の場所へと足早に駆け寄っていく。
そして、カンナの指差す件の木の下に居たのは、弱々しく体を横たえたとある一匹の狼。その身体に、二つの黒の星。不幸の星を宿したとある野生の狼だった。
「この狼。随分と痩せ細っていますね… 恐らく、呪いの影響で嗅覚を失っている」
「星二つって事はレベル2だね。どう、セツリ? 解呪出来そう? 助かりそう?」
「ええ。その呪いの解呪自体に問題ありません。ですが、失った体力までは戻らない。つまり、呪いを解いた後の事に関しては、宿主の生命力次第と言った所でしょう」
そんなセリフと共に片手の黒革の手袋を外し、件の呪いに反応し白く浮かび上がった掌の星を白日の元へと晒すセツリ。
「うん。そっか、セツリも解呪頑張って」
「はい、これから解呪を始めます。弱っているとは言え、相手は狼。何が起こるか分かりません。カンナさんはベルと一緒に一旦後ろに下がっ…」
セツリがそう言い掛けたその瞬間、その刹那、そのタイミングで。
風を切り裂き鈍く輝く一本のナイフが、セツリが抱き抱える狼の、その喉元へと深く深く突き刺さる。
鮮血は紅き華となって、セツリの身体をほんの少しだけ朱へと染める。
元々尽きかけていたその命。それを奪うのに必要だったのは、そんな小さな果物ナイフによる一撃の投擲。たったそれだけで充分だった。そう、あまりに充分過ぎる程には。
何が起こったのか分からない。
もはや魂の抜け殻に成り下がってしまった件の狼を、命の息吹の尽き果てたその骸を、ただひたすらに見つめることしか出来ない二人。
そして、そんな二人に近づく仄暗き人影が伸びる。
「死神の足音って、聞いた事ある?」
二人の前でそう呟いたのは、紅い日傘を差した一人の少女だった。
END