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翌朝
「見ろ、二人とも。いよいよ最終段階だ」
寝台の上の白竜を見守るセツリ、カンナ、グウネ。脱皮は進み、その白き身体は新しき姿へと変貌を遂げつつあった。
「グウネの姐さん。脱皮ってさ、するとどうなるの?」
「そりゃー当然、少し大きくなるよな。今より。いや… 少しってレベルじゃないかもしれないが」
「おおー、流石ドラゴンだね。私の身長なんてあっという間に抜かされそう… うっ、バーサーカー状態のあの姿を思い出しちゃったよ。あれはもうトラウマレベルでしたぜ」
呪いによる強制的な肉体強化と異なり、今回の場合は正真正銘自然の流れによる正しい成長による変化。
「カンナ、変化を恐れちゃいけねーよ。この世は常に変わってる。毎分毎秒小さなことから大きなことまで、世界は常に変ってる。因みにだがお前ら、ドラゴンの寿命ってどれ位か知ってるか?」
そんなグウネの問いかけに対し、互いに顔を見合わせ揃って顔を横に振るセツリとカンナ。
「諸説あるが、まぁ、てめーらの10倍、いや100倍でも足りねーだろうな… 空蝉だな」
「うつせみ、ですか?」
「ああ。こいつからみりゃ、アタシ達なんてセミとおんなじだ。ドラゴンの長い長い人生に比べりゃ、アタシ達の人生なんぞ、セミと一緒だ。1週間足らずの短い命って奴だ… だがな、こいつらもこうやって何度も何度も死の危険を伴う脱皮を繰り返し、少しずつ成長していくんだ。何度も何度も死ぬような想いをして、そうやって少しずつ一人前になってくのさ。まぁ、アタシらと一緒だな。ドラゴンも人間も、種族は違えどそうやってこの同じ現世の世界で同じように生きてる。一緒さ」
その白き体表のほぼ総てをバラバラと落としつつ、次第に構成する組織を更新していく白き幼きドラゴン。
そして、そんな幼竜の様子を一心に見つめる二人に対し、グウネは尚も優しく語りかける。
「知ってるか? 脱皮って行為には、成長であると共にもう一つの大きな意味合いを含んでいるのさ。それは… 再生だ」
徐々に戻りつつある体温と意識。
変化が終わりを告げ、新たなるベルが再始動を始める。
「何かを失って、別の何かを手に入れた。てめーらの人生はてめーらのこの旅は、そういうもんなんだろう? おあつらえ向きじゃねーか… よし。《そろそろ》だな」
そう言って、ベルの元から、二人の元から一歩後ろへと後ずさるグウネ。
目の前で繰り広げられる生命の神秘、ベルが無事にその脱皮を終え、今、正に目を開かんとするその光景に釘付けになる二人は、そんなグウネのちょっとした行動に気がつかない。
「見てよセツリ、脱皮が終わったみたい! ベルが目を醒ますよ!」
「言われるまでも無く、勿論見てますよ。さっきからずっと見てます。いよいよですね」
興奮気味にそう言い合う二人。やがて、無事に脱皮を終えたベルが、一廻り大きく成長を遂げたベルが、その白き瞼を開く。
「グァアアアアアアアアアアアアアァ!!!!!」
ゴオオオオオオオオオオオぉぉぉぉおおおおおおお。
診療所の天井にまで届きそうな、そんな火柱が突如として立ち昇る。それはまるで、産声のように。雄たけびのように。唸り声と共に蒼炎の火柱があがる。
「……… あぁ、悪い悪い。言い忘れてたぜ。ドラゴンって生き物はな、最初の脱皮を終えた瞬間から… 火を吹けるようになるらしい。へっへっへ、気をつけろよ? セツリ」
「せんせい、遅いです。と言うかせんせい、実は結構根に持つタイプ… だったの、か」
「こ、こげこげこげ。にゃ、にゃはは、は、はふへ、ほ」
感動の余韻に浸る間もなく、ぷすぷすと黒い煙を上げその場に倒れこむセツリとカンナ。
「おいおい、何のことだ? だが安心しろ二人とも。幸いここは診療所だ、その程度のやけどならあっという間に治療してやる。なんてな」
◆
「グウネせんせい、大変お世話になりました。そして、ベルの事、僕達の事。本当にありがとうございました」
「うぅぅ、姐さん、短い間だったけどありがとう。寂しいけど。私達、そろそろ行くよぉ」
「グアァー」
診療所の前で、二人はグウネと固い握手を交わす。天気は快晴。あの日同じ、雲ひとつ無い青く澄み渡った空。旅立ちにふさわしい、そんな気持ちの良い位の青空。
「人も、ドラゴンも。所詮は空蝉。てめーらの抱えてるもんは、確かに重たいもんかもしれない。だが、焦る必要は無い。悩んだ時は、空を見上げながらゆっくり歩いていけば、それでいいんだ。それによぉ、何かあったらいつでも寄れよ。アタシは何時でも変らず此処に居るからさ。そん時は、ドラゴンだけじゃなく、てめーらの事も診てやるさ。だから、ま、気楽にやんな」
グウネ=スカイブルーに見送られ、彼らは再び歩み始める。それぞれの目標を胸に秘め、まっすぐに前だけを見つめて。
そんな彼らに、その姿が完全に見えなくなるまで手を振り続けるグウネ。
『数十年後、或いは遠い未来。今回のベルの、白竜の抜け殻を用いた、とある彼女の研究の一端が… 総ての解呪師達にとって、総ての呪いを患う患者達にとっての《新しい希望》を生み出す事に成功するのは、また別のお話』
「くぉらっ、ガキどもっ! 勝手に診療室に入ってんじゃねぇ! ここは神聖にして不可侵の、アタシだけのテリトリーだって何遍言ったら理解できるんだよ。アタシはてめーらと違って暇じゃねーんだよコラぁ。って、走るな・はしゃぐな・勝手に触るなーーー!!!」
こうして、二人と一匹の旅はまだまだ続いていく。
成長を遂げたベルと、グウネという新たな理解者を得た二人は、再びその路を歩み始める。
この先二人に待ちうけているもの、それはまだ闇の中。
彼らの未来は、まだ解かれない。
第七解《了》