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グウネに案内された先に待ち受けていたもの、それは寝台に横たえる一匹の竜の姿だった。
それは勿論、彼らにとっての旅の仲間、白き幼竜ベルである。
ピクリとも動かぬその姿は、さながら標本のようで。二人の、取り分けカンナの感情を一気に煽った。
「ベル!? このヤブ医者ぁ、ベルに何をしたんだ!」
「落ち着いてくださいカンナさん。体温が著しく低くなっているようですが、大丈夫。生きてます。ベル… 心配しましたよ」
その黒革の手袋を外し、直接ベルの極度に冷たくなった体を撫でるセツリ。そんな二人の呼びかけに対し、その瞼をうっすらと開け、一言だけグアと鳴いてみせる幼竜。
そして、そんな彼らの様子を黙って見つめていたグウネがぽつりと漏らす。
「どうやら… 疑うまでもねーよーだな。アタシが触っても何の反応も示さなかったコイツが、てめーらの呼びかけには反応を示した… 悪かったな。例え相手が誰であろうと、おいそれと患者の情報は明かせない。何故ならアタシは医者だから。事、相手が幻獣と呼ばれるような存在であれば、特にな」
グウネの医師としての言葉を受け、何とか落ち着きを取り戻したカンナがおずおずと尋ねる。
「ねぇ、ドクターさん。ベルはこれからどうなっちゃうの?」
「あぁ。さっきそっちのチビ解呪師が言った通り、これから《脱皮》が始まるのさ。恐らくだが、コイツにとって初めての脱皮なんだろうよ。だからこそ、自らの変化に対し、コイツ自身もどうしたらいいのか分からなかった。いきなりてめーらの元を離れたのも、恐らくそんなとこが理由だろう」
本来ならば群れで、或いは少なくともまだ親元にいるべき筈の幼体。その導き手を失い、人と共に行動する例外的存在である以上、突如として起こった未知の変化に対し思考のオーバーフローを起こすのは、ある意味必然の通りだと言える。
だが、だからこそ、セツリは医師に訴える。
「ドクター、改めてお願いがあります。どうか、ベルが脱皮を終えるまで、僕達共々ここに置いてもらえませんでしょうか? 是非、ドクターの知識と手腕をお借りしたい」
「私からもお願いだよ、ドクターさん!」
そう言ってグウネに対し頭を下げる二人。
対して、グウネ医師の返答は。
「おい。そのドクターって呼び方ををまず辞めろ。そんな柄じゃねーんだ、アタシは。むず痒くて仕方ねーよ。いいか? 一度しか言わねーから耳の穴かっぽじってよく聞いとけ。アタシの名前はグウネ=スカイブルー。医者であり解呪師の端くれさ。確か、セツリとカンナだったな? 乗りかかった船だ、安心しな。最後まで面倒は見てやる」
やったー。
そう言ってぴょんぴょん飛び跳ねるカンナと、ほっと胸をなでおろすセツリ。そんな二人の素直な反応をよそに、グウネは尚も続けて言う。
「ただし、条件が一つ。セツリ、お前… 随分と面白い身体をしてるみてーじゃねーか。その手、白い不幸の星。ドラゴンを連れてる所からしてワケアリだと思ってたが、こいつは予想以上だ。此処は一つ、アタシの知的好奇心を満たすための実験台、ってやつになってもらうか」
グウネのメガネが、その奥の鋭い瞳が不気味に輝く。
そんな彼女に対し、その敵意を剥き出しにする人物が一人。当然セツリ本人などではなく、自称彼のボディーガード、カンナその人である。
「ぐぅるるるるるぅ!! がうがうがう!!!」
「… 冗談だよ。何かすげー恐い顔で、ねーちゃんがこっち睨んでるしな。言ったろ? アタシは解呪師である前に医者なんだ。悪戯に、患者のプライベートを詮索したりはしねー主義なのさ」
「絶対嘘だね! 今の、とても冗談には聞こえなかったもん」
「そうか? 勿論、てめーら自ら話てくれるんなら当然聞いてやるが。無理強いはしねーって話さ。ま、そうだな、代わりと言っちゃなんだが、ドラゴンの脱皮が終わるまでは診療所の手伝いでもしてもらおう。そろそろ掃除しねーとヤベーなって思ってたところなんだ」
『うへぇ』
二人は、改めて至る処に物が散乱し尽くした室内を見渡し、そう言葉とも言えぬ呻きと共に盛大な溜息を吐いたのだった。
END