7-3
時刻は、太陽が一番高く昇る時間帯。
二人はとある丘の山小屋、グウネの診療所へとやって来た。
「何だかボロっちぃ小屋だね。ここ、本当に診療所なのかなぁ」
「口を慎んでくださいカンナさん。今から仮にもベルの恩人であろう方に面会しようというんですから」
「にゃははは、りょーかい、了解」
「絶対ですよ」
そんないつも通りのやりとりを繰り広げる二人の前に、診療所からとある女性が顔を出す。
「ったく。アタシの平穏って奴は絶賛売り切れ中みてーだな。騒がしくて仕方ねぇ…」
相変らずよれよれの服装、ぼさぼさ髪のグウネ医師が姿を現す。ただし、午前中の時と違い、その顔に微かな緊張感と警戒心を滲ませながら。
「あっ。誰か出てきたよ、セツリ」
「おいコラてめーら、ボロい診療所で悪かったな。んで、てめーら何モンでアタシに何の用だコラ」
不機嫌さマックスでそう尋ねるグウネ。或いは、やはり警戒心の裏返しか。
「連れのご無礼をお許しください、ドクター。僕達は旅の解呪師と魔法使いです。一つ、お尋ねしたい事があって参りました」
そう言って、見習い解呪師の証である銅のロザリオを提示するセツリ。
「解呪師… その若さでか? どう見たって13,4のガキじゃねーか。まぁ、解呪師に年齢は関係ねーが、その技術は一朝一夕で身につくものでもない筈」
セツリ達のその頭のてっぺんから足元まで、ギロリと睨むように値踏みするようにして見つめたグウネは、再びその口を開く。
「ワケアリってとこか… いいだろう、入れよ。解呪師に悪い奴はいねー。アタシはそう信じてるんでな」
診療所内へと招き入れられた二人は、その散らかりきった内部に若干とまどいつつも、彼女の、適当に座って待っててくれという言葉に従い、近くの診察用の椅子へと座る。
「ねぇ、セツリ。ここって本当に診療所なのかな? どちらかというと私達魔法使いの工房に近いというか、何かの実験場っぽいというか。ぶっちゃけちょー汚いよね」
「言葉! それ、本人の前じゃ絶対に言わないでくださいよ。ほら、ドクターが戻ってきます」
その手に三人分のコーヒーカップを手にしたグウネが、二人の元へと戻る。
「誰か来るとは予想していたが。まさかてめーらみてーな怪しい二人組みだとはな。ま、同業のよしみだ。一応、話だけは聞いてやる」
そんな彼女の言葉に反応し、セツリが立ち上がり言う。
「紹介が遅れました。僕の名前はセツリ=ブラックハート。彼女はカンナ。旅の解呪師です。要件が用件ですので、ズバリ、単刀直入にお尋ねします。ドクターは… ドラゴンをご存知ありませんか? 雌の幼い白竜種のドラゴンの仔です」
「はん。何を言い出すかと思えば、ドラゴンだと? ドラゴンと言えば、星の子供達なんて呼ばれる幻獣だぜ? 馬鹿言うんじゃねーよ、そんなけったいなもんがこんなド田舎の診療所なんかに居るわけねーだろが」
ドラゴンという生物の性質上、グウネも、そしてセツリも、互いに慎重にならざるを得ない。だが、当然引くわけにも行かない。
セツリは、尚も訴え続ける。
「そのドラゴン、名前はベルと言います。とある森にて僕が解呪を執り行い、それから一緒に旅をしている。僕等にとっての… 大切な存在です。だからこそ、まずはお礼を言わせてください。ベルを診てくださりありがとうございました」
「おい。まるで、ここに居ること前提のような話っぷりじゃねーか」
「むむむ。だって私、聞いたんだもん! ベルを拾ってここに預けたって聞いたんだもん!」
「チッ、あのガキ共か… まぁいい。百歩譲ってそのドラゴンがここに運び込まれたとしよう。だが、てめーらの元を離れた理由。動けなくなり、ガキ共に拾われた理由。てめーらに分かるか? あん?」
そのメガネから覗く鋭い眼光。空色のロングヘアをかきあげながら、グウネが問う。
そして、そんな詰問に正面からどうどうと挑むようにして、セツリはまっすぐ彼女の目を見据えながら、言う。
「《脱皮》ですね?」
「ヴぇ!? ドラゴンって脱皮すんの? 蝉とか爬虫類みたいに?」
「やはりカンナさんもご存知ありませんでしたか。何分記録が殆どありませんからね、まぁ、僕もすぐには思い至らなかったわけですし。けど、ベルが幼竜である事や、このところの食べっぷりから考えても。恐らく間違いありません」
そんなセツリの答えを受け、カップのコーヒーを一気に飲み干し立ち上がるグウネ医師。
「… ふん。どうやら、どっかの回しモンってわけじゃなさそうだな。良いだろう、着いてきな」
END