7-2
グウネが、そんな幼白竜の診察を始めたのと時を同じくして。セツリとカンナが、その足跡を辿るようにしてハイネストへと足を踏み入れる。
「ベルのやつぅ、一体どこ行っちゃったんだろ」
「それが分かったら苦労しませんよカンナさん。それより、最近のベルについて、気になった点とか感じた事とかありましたか? ちょっとした変化でも良い。僕が気づけなかったこともあるかもしれない」
「気になった事? うーん、別にぃ。昨日も一緒に寝たけどさぁ、いつも通りだったよ。目が覚めたら居なくなっちゃったって感じで。でも… しいてあげるなら、最近また一段とよく食べるようになったよねベルのやつ。これからどんどん成長するにつれて、食欲も増すのかなぁ… 食費が恐ろしいことになりそうだね、セツリ」
カンナのそんな言葉を受けたセツリは、ふむ、と目を閉じて長考する。幼竜が突如として消えた理由。彼らの元から離れていったその理由。原因。
「食欲、ですか。成長…」
「とにかくさ。昨日の夜、私が寝ちゃった後から朝起きるまでの時間に居なくなっちゃったって事なら、そんなに遠くには行ってない筈だよ」
「ええ。ですが闇雲に探しても悪戯に時間が過ぎるだけ、徒労に終わる可能性も高い」
「でも、だったらどうするの?」
「当然探しますよ。僕達はベルを僕達の旅に巻き込んだ、その責任がありますから。ただ、様々な可能性を考慮しなければならないという話です。ベルが居なくなった理由。攫われたという可能性は低いにしろ、何かに巻き込まれた可能性はあります。或いは… 僕達の前から居なくならざるを得ない理由があった。いずれにしても、ベルは僕達の大切な仲間であると同時に… 幻獣ドラゴンでもある。その意味、分かりますか?」
事態は、自分達が思う以上に深刻な状況なのかもしれない。
セツリのそんな話に、ゴクリと思わず息を呑むカンナ。
「見た目はあんなチビちゃんだけど、ドラゴンはドラゴン。そんな生物が人里のど真ん中で野放しになってる。知る人から見れば、そりゃーパニックになっても可笑しくない、ってこと?」
「考えたくはありませんが、最悪ハンター達によって処分されるなんて事も」
「や、やだよ! そんなの! 探そう、だったら早く探そうよセツリ!」
ふぅ、と溜息を一つ吐いたセツリは、そんなカンナを諫めるように、ぽんぽんとその頭を撫でる。
「落ち着いてください、カンナさん。僕に少しだけ考えがあります。時間も限られていますし、ここから二手に別かれましょう。カンナさんは昨日の野営地とその一番近くの町ハイネストの周辺を。僕は、その町の中で聞き込みを行います。そうですね… お昼過ぎ、一旦町の入り口で合流しましよう」
「うん! 了解だよ。もうっ、私達にこんなに心配掛けて。もし見つけたら、私がキツーい説教かましちゃる」
こうして。セツリとカンナの二人は、白竜ベルの捜索を始める。雲一つ無い碧空の天の下、その無事を願いながら。
◆
「結論としましては、見つかりませんでした。悔しいですが此方は有力情報もなし」
数時間の捜索の末、町の入り口にて合流を果たした二人。だが、件の白竜ベルの姿はその傍らには無く。しかし、そんな疲労と失望の色を隠せないセツリとは反対に、カンナのその表情はいつにも増して根拠の無い自信に満ち溢れていた。
「にゅっふっふぅ。今回は私の手柄だね、セツリくぅーん」
そう言って、その性格とは真逆で慎ましい胸を張って不敵に笑うカンナ。
「私はね。町の外をうろつく不審な、と言うかすんごい元気一杯のとある少年少女達を発見したのですよ。そして、こう質問した。YOU達、ベルを知らないかっ… てね」
「何ですかその何の捻りもないドストレートな物言いは。アホなんですか。そもそも、ベルなんて言ったところで他の人には判らないでしょう。しかもそんな子供達がドラゴンなんてものを知っているとは到底思えない」
突っ込みとも言えないような露骨な不満感とトゲトゲしい横槍を入れるセツリ。そして、彼のそんな発言を受けて尚、むしろ更にその表情を破顔一笑させるカンナ。
「ニヤニヤですよセツリ君。いらいらしている君を見るのは、実にニヤニヤもんですよ」
「… それで?」
思うような結果を挙げられなかった故か、はたまたカンナのそんな煽りを含んだ態度故か。表情には出さないものの、対して明らかにイライラとした態度を滲ませるセツリ。
カンナもセツリも、ある意味でどちらも相応の子供染みたやりとり。
「に、睨むなよぉ。そんな恐い顔すんなよぉ… 全く、君ってば変なところで子供っぽいんだから」
「少なくとも、カンナさんだけにはそれを言われたくありませんね」
「てへぺろりん。よっしゃ、こっからは真面目モード! 確かにセツリの言う通り、子供達には伝わらなかったよ」
「でしょうね」
「そこで私によるスケッチをご披露ですよ」
ごそごそと、魔法使い達が普段好んで持ち歩くとある羊皮紙を懐から取り出すカンナ。
「ね? 流石はカンナ画伯でしょ? じょーずでしょ?」
その羊皮紙に描かれた何か。
そう、何か。言葉という枠で定義するにはあまりに抽象的で、見ているだけで精神を揺さぶられ不安に陥るような、そんな何か。
「… 暗号か何かですか、コレ。チンパンジーでもこれよりマシに書けるでしょうね。おっと、今の発言はチンパンジーに対して失礼でしたね」
「露骨に酷いな君は」
「いや、酷いのはカンナさんの画力ですから」
ゴホン。
わざとらしく、大きく一度だけそう咳払いをしたカンナは、尚もめげずに続ける。
「でねでね。私の絵が彼らに伝わったらしいんだ。で、なんとなんと! 彼らはベルを診療所へ持って行ったって言うんだよ。それがドラゴンだとは知らなかったみたいだけどね。あっ、勿論きちんとお礼は言っておいたよ」
「なんと!? 精神年齢が一緒くらいだからでしょうか、こんな狂気じみた絵で伝わるなんて… 世の中、不思議な事もあるもんです…」
「優しさプリーズっ! ってか今の会話で驚くべきはそこじゃないでしょ! まったく、人が折角真面目モードで話してるのにぃ」
度重なるセツリの黒発言を受け、とうとうその機嫌を損ないへそを曲げてしまうカンナ。露骨にその頬を膨らませ、一心に明後日の方向を見つめる。もっと褒めてよ! と言わんばかりに。
「別に意趣返しってわけじゃありませんから、そう拗ねないでくださいよカンナさん。それより、診療所? その話本当ですか? 町の中に在る診療所などは総て廻った筈だったのですが」
「ふふん。それは甘い、激甘だよセツリ。この町にはもう一件、診療所があるそうなのさ。そう、町外れの丘の上にね!」
そう言って、遥か先に見える小さな診療所らしき建物をいつもの得意顔で指さして見せるカンナ。哂ったり、拗ねたり、また笑ったり。相変わらずころころと表情を一変させる、そんな魔法使いとしては珍しい性格。
「丘の上、通りで。しかし、そもそも標高の高いこの町において、どうして更に高いところに診療所を建てるんですかね」
「さぁ。高いところが好きだから? つまり、馬鹿だからじゃない?」
「繰り返しますが、カンナさんだけには言われたくないでしょうね。それ」
こんな事態にも関わらず、否、こんな事態だからこそ、いつも通りのいつもの二人。
そんな二人は、互いに苦笑し合った後、件の診療所へとその歩みを進めるのであった。
END