6-6
「… ん。ここ、どこよ。まっくら?」
「よ、よ、よかったぁ。か、カエデさん、の、目が、さ、覚めたっ!」
未だ洞窟内。
その小さな背中に背負われた状態で、カエデは目を醒ました。
「か、カエデさん! わ、わ、わたし、分かったんです! き、きっと、《光の種》は、わ、わ、わたしの、こっここに在るんですよっ! ひ、光がこの世界の、ど、どこにでも、存在出来る様に。その種は、きっと、それを扱う、わ、わたし達の心の中に、在るんです! 最初からっ!」
いつにも増して興奮気味にそう答えるミヤビに対し、未だ混濁する意識の中のカエデが応じる。
「何だか良く分からないけれど。そう、良かったじゃない、小鹿ちゃんなりの答えが見つかって。それで今、帰路に向っているというわけね? … 護衛として、いつまでも小鹿ちゃんに背負われる趣味は無いわ。ねぇ、おろしてくださる? その代わり、肩を貸していただけるとありがたいわ」
「も、勿論です! で、でもカエデさんは、ど、どうして、あのデュラハンが影だって、分かったんですか?」
「あー、それね。まぁ、怪我の功名というか、なんと言うか。あのね、実は今… 目が見えてないのよ、うん」
「はへ? 目、が? え? えぇえ!? い、いつから、ですか? で、でも、どうして!?」
そのあまりの驚きように、思わず肩を貸していた筈のカエデの体から手を離し、思い切り地面へと叩き落としてしまうミヤビ。
「ちょ、ちょっと痛いじゃないの、このお馬鹿ちゃん! もっとしっかり支えなさいよ! 今しがた、目が見えてないって言ったばかりじゃないの、もうっ!」
「しゅ、しゅみません」
「んもう、しっかりしてちょうだい。仮にも試練とやらを突破したのだから。まぁいいけど。っと、何の話だったかしら? ああ、そうそう。いつからと言われたら、小鹿ちゃんが洞窟内でパニックになって一人で走って行っちゃった後の、そんなあなたをようやく見つけ出した後ね… 別に驚く事じゃないわ。この刀と旅をしているとね、時としてこういうこともあるのよ、うん」
黒刀《under7》による呪いの反転。これまでそれを一身に受け止め続けてきたように、カエデはその刀身が帯びたる災いが一つ、《ブラインド》の呪いを受けた。一つ一つの呪いのレベルは低くとも、黒刀による呪いの散布が終わる事は無い。そう、その呪いの根本たる鞘を見つけださない限りは。
カエデは淡々と努めて冷静にそう言い放ちながら、何とかその体を起こし、よろめきながらも再び立ち上がる。
「目では見えないこともある。逆に、見えないからこそ視得るものもあるって事ですわね。今回は正にそんな感じよ。それにカエデちゃん、この手の修行は昔からマミーに散々させられたものよ。勿論、闇の巫女になるための修行の一環としてね。だから、そうね。慣れてると言えなくも無い。闇を恐れず、闇と遊べってね」
「で、でも、まさか、あれが、幻影。影、だったなんて。し、しかも、わ、わたしの影… じゃなくて、カエデさんの、影、だったなんて」
「そう、それよ! カエデちゃんも小鹿ちゃんも。光と闇の巫女として、普段から自分の影ってやつには人一倍気を使っているし、その重要性、それがどういうものかっていうことを少なくとも一般人よりも理解している筈。でもね、事、他人の影となると話は違ってくるもの。ふん、何が《護衛のため》… よ。最初からこのために、わざわざ護衛役をつけさせたのね、あの意地悪村長ちゃん。おかげでごらんの有様よ」
ボロ雑巾が一枚から二枚へ。彼女らの今の有様を有体に表現するならば、正にそう言った表記が正しかった。
「ひ、光の巫女として。か、帰り道は、わたしが、カエデさんを、せ、責任持って連れ帰ります。だからっ! あ、安心して、ください。そ、それがわたしとしての、巫女としての、矜持。ですから」
「… ふふっ。言うようになったじゃない、小鹿ちゃん。なら、お言葉に甘えてお願いしようかしら。護衛の役割もこれにて終了ね。安心したせいか、何だか… お腹がすいてしまいましたわ」
二人は少しずつ、一歩ずつ、けれでも確実に着実にその進路を帰路へと向ける。
洞窟を抜け裏道を抜け、村人達の待つ、村長の待つ、娘の帰りを今か今かと待つ、そんな父親の待つカゴミ村へと。
◆
「うぉおおおおお、ミヤビぃいいいい! よぉおおおく帰ってきた!! 良くぞ無事に帰ってきてくれた!!! ワシャうれしゅうてうれしゅうて、涙が溢れそうじゃああ!」
草木も眠る丑三つ時に。恥ずかしげも無く近所の迷惑も関係なく、平穏な睡眠を打ち壊すかの如く大声で並々と大粒の涙を流しつつ、村長が雄たけびを上げる。
「お、お、お父様、は、恥ずかしいから、や、止めてくださいっ!」
「ぐぬぬ。そうか? ワシの溢れんばかりのリビドーを、ワシなりに表現してみたんじゃが、駄目?」
そんな子供染みた言い訳を放ちながら、村長は愛しの愛娘の体を力いっぱい抱きしめる。
「ワシの目はごまかせんぞ。ミヤビ、お主は成長した。一回りも二回りも大きくなって帰ってきよった。これが嬉しくないわけが無い」
だが、そんな親子の再会に対し、無粋にも水を差す人物が一人。
「暑苦しい抱擁の真っ最中に申し訳ないのだけれど、この村に専属の解呪師って居るのかしら? カエデちゃんのこの呪い、出来れば解呪をお願いしたいのだけれど。恐らく後数時間もすれば消えるだろうけど、居るのならばお願いしたいわ」
感動の再会に水を差され、一瞬だけぶすっとした表情を浮かべたものの、解呪というワードを耳にしその顔つきを変える村長。
「剣士殿、お主は運が良い。つい先日まで在中の解呪師の居ない我がカゴミ村であったが… 先の一件、ワシの可愛い愛娘であるミヤビが呪いに侵されるという大大大事件があってからというもの、解呪師の必要性、存在の評価、是非について住人一同で再び審議が行われての、めでたく専属の解呪師を協会から雇う事にしたのだ。礼なら、あの少々生意気な小僧解呪師に言うんじゃな。と言っても、お主にゃ分からんだろうが」
「お父様! こ、小僧解呪師ではなく、セツリ様です!」
「困った事に。あれ以来、娘は奴にご執心でな」
セツリ。
突如として耳に飛び込んできたそのワード。カエデがそれに反応を示さないわけが無く。
「ちょ、ちょっと待ってよお間抜け親子ちゃん達。その解呪師って、セツリって、あのセツリですの? あの小生意気で、チビで、変態ちゃんで、黒革の手袋で、魔法使いの年増ちゃんと一緒に旅してる、あのセツリ?」
「へ、変態ではありませんが、お、恐らく。か、カエデさんも、お会いになった事が、あるのですか?」
「それっていつの話ですの? ここ数日の話?」
「い、いえ、もっと前の話、ですけど」
「……… って事は、カエデちゃんと会う前の話。という事はつまり…… こっちじゃないじゃないの! 逆方向じゃないの!! むしろ正反対じゃないの!!! 追跡の方向を間違えるだなんて… カエデちゃんのバカッ!!!!」
トボトボとした足取りで。カエデは、村人に支えられながら解呪師が在中しているという宿へと向う。
「なんじゃありゃ? ふむ。まぁよい。それで、ミヤビ?」
「は、はい、何でしょうか、お父様」
「光の巫女になるための、最後の試練はどうじゃった? まぁ、その姿を見れば言わずもがなじゃが」
そんな村長の質問に対し、深く深く頷いたミヤビは、力強く語り出す。
「わ、わたし、分かったんです。み、巫女にとって大切な事って、い、一体、何なのか? ひ、光の種の本当の正体が、わ、分かりました!」
「んむぅ?」
「ひ、光の種は、それを扱うわたし、達、巫女、一人一人の、その心の中に、ずっと、ずっと昔から在る、在るけど気づかない、けれど、凄く凄く、大切なもの。そういうもの。つ、つまり、光の種、とは。わ、わ、私達の心の中に、最初から在るのですね?」
ミヤビは、清々しいまでのドヤ顔でそう言い放った。まるで、この世界に嫌な事、不幸な事など何一つとしてないという位には満ち足りた、そんな表情で。
対する、村長の回答は。
「…………… いや? 違うけど」
「あれ? で、では、この旅を通じて、こ、心を通わせることが、で、出来た、友達。か、カエデさんの、事、ですね!!」
「……………… 全然違うんじゃけど?」
「じゃあれですか! 光の種という名の希望とか、経験とか、勇気とか愛とか、秩序とか覚悟とか矜持とか! そういう目に見えない類ものでしょう? そうでしょう? そうなんでしょう!!」
「…………………… 何言ってんの? ミヤビ、お主、大分疲れておるようじゃな。と言うより、光の種が無いと不合格なんじゃが…」
「ぇぇぇえぇ」
圧倒的に重い。まるで地獄のようなこの世の終わりのような、異様な静寂と混沌に支配された空気が、二人を包み込む。
END