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「む、無理ですぅ。ぜ、ぜぜぜぜ、絶対に、むりぃぃいい」
既に、最初から全力で逃げ腰のミヤビ。だが、そんな彼女を全力で怒鳴りつけ或いは諫める、地鳴りのように力強い雄叫びが響き渡る。
「落ち着けっ、ミヤビっ!!」
この場にいるのはたった二人だけ。とどのつまり、その声の持ち主は当然、カエデ=ホワイトラビットその人である。
そんなカエデの怒声に、ビクリとその小さな体を全身で震わせる光の巫女少女。
「冷静な心は、何事にも勝る防衛術よ。それは、この先のあなたにとって必要な事。まずは落ち着きなさい。いい事? ここから先は… 小鹿ちゃんがやるの。いえ、小鹿ちゃんがやらなきゃ駄目なの」
入り口にて放ったミヤビの光の術。その光すら霞む奥の奥。そんな辺境の淵で、死を司る精霊デュラハンと対峙する少女が二人。
光と闇。二人の少女、二人の巫女。
「まずは良く見なさい。相手を良く視るの。見るではなく視る。見極めるの!」
薄暗い洞窟内に咲く剣響の火花。デュラハンの、その漆黒の大剣を受け止めるのもまた、黒の剣。
カエデは、ミヤビに対しそう必死に訴えかけながら、その護衛としての役割を全うすべく、件のデュラハンからの重く激しい一撃を受け止めていく。
その顔に、苦悶の表情と大粒の汗を滴らせながらも。
「何が視得る? ミヤビ、あなたの光には何が視得る?」
「え、で、でも、なにって、で、です、から、首の無い」
「違う! それはただの表層、上っ面よ。目に頼っちゃ駄目、本来巫女は、どうやってその力を行使してきた? 良く思い出すの!」
「わ、わ、わたしは…」
考える。ミヤビ=ハイライトは考える。
目の前で死闘を繰り広げるカエデと首なし剣士の姿を見ながら、必死に考える。
光。光の巫女。光と闇。
闇の力の一端が重力であるならば、光の力の一端は粒子であり波動である。
それらは、この世界において普遍的に、どこにでも存在しうる概念であり、それらの力を行使するということは、果たして何を意味するのか?
光と闇。光と闇から生まれ出でるもの、それは。
「……… か、げ? 影!?」
ニヤリと、その口の端を曲げながら、カエデが哂う。
「やれば出来るじゃない! このお間抜けちゃん! だったら、だとしたら。あなたがするべき事は、たった一つ。そうでしょ?」
総ては幻。幻影。光の巫女を惑わす最後の試練。
「はいっ!」
洞窟の入り口で見せたように。一小節の、そんな短いスペルと共に祈りの所作が如く手を合わせた後、杖に力を込めるミヤビ。
少女は願う。
光を。どうか光を。もっと、もっと光を。影を打ち消す大きな光を。己と対峙し、その弱さを包み込むそんな圧倒的な光を。
― やがて。
薄暗い洞窟の深層部が、ミヤビの放つ光で満たされていく。総ての闇をかき消すように。影と陰を覆うように。彼女の光は、優しく総てを満たしていく。
高く掲げたその剣を振り下ろしたその瞬間、影の騎士はやがて一瞬のうちに離散する。跡形も無く。まるで、何事もなかったかのように、綺麗さっぱりと。そう、その轍に一筋の光だけを残して。
「… 美しい光。ええ、きっとそう。やっぱり、あなたにはその資格があったみたいね。小鹿ちゃん」
幻影とはいえ、死を宣告する精霊格デュラハンと対峙したカエデは、その体力と神経を使い果たし、半ば倒れるようにしてその場で片膝をつく。
「やれやれ。たった数十合、太刀を合わせただけでこの有様。このカエデちゃんも、どーやらまだまだ修行不足のようね。うん。本当、仮にも護衛の癖に情けない。これじゃ、まるで、あの変態解呪師ちゃんみたいじゃない… の…」
そう言いかけて、その場でゆっくりと《虚ろな》両目を閉じる闇の少女。そして、そんな彼女に駆け寄る光の少女。
洞窟内は、暖かで気高く美しい、そんな荘厳なる一点の曇り無き希望の光で満たされていた。
END