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「もうぅ、このお馬鹿ちゃん! 踏んでんじゃないわよぉおお! けど、まず落ち着きなさい。落ち着くのよ、小鹿ちゃん! いいこと? 冷静になってから…」
突如として、どこからともなく大量の蝙蝠が出現し、二人の往く手を遮り飛び回りるとともに、天井からはぼたぼたととぐろ巻く蛇やトカゲやヤモリ達、そんな爬虫類界のスター選手達が、水滴のように滴り落ちる。静まり返っていた厳かな洞窟から一転、所謂、阿鼻叫喚の出来上がりである。
「ほ、ほ、ほぎゃああああああああ!??」
ご多分に漏れず。
そんな爬虫類達が大の苦手であったミヤビは、絶叫を上げながら半ばパニックに陥りながら、一人奥へ突っ走る。
「ちょ、嘘でしょ? 早い、早いってば! カエデちゃんを置いていくなぁあああ!!!」
あっという間に、ミヤビの姿は闇の彼方へと消えた。一体その体のどこにそれほどまでの体力が残っていたのか。
そんなことを考える余地もなく、一人取り残されたカエデは大きな溜息を漏らす。
「アナコンダや猛毒種じゃあるまいし、こんなちんけな子供騙し程度の仕掛けに踊らされちゃってまぁ。カエデちゃん、あの子の先行きって奴が、何だか無性に心配になってきましたわ。うん」
地面で蛇行する蛇達をものともせず、カエデは彼女の後を追って更なる深部へと進む。
「はぁ。カエデちゃん、何だかもう帰りたくなってきましたわ… でも、一度取り交わした約束を反故にするのは、このカエデちゃんの矜持に関わる」
だからこそ。
独り言のようにそう呟いたカエデは、黒刀《under7》に巻かれた布を振り解き、その刀身を恭しく地面へと突き刺す。
「小鹿ちゃんが光の巫女ならば、このカエデちゃんは闇の巫女。たとえ元でも、正式な巫女になりきれなかった身であったとしても… 出来る事は、ある」
両掌を合わせ、まるで神へ祈るが如く、一小節の短いスペルを唱える。
「闇とは重力。即ち、引力と斥力」
それは、闇の持つ一つの側面。
事実として、とりわけカエデの母をはじめとした、歴代の彼女の村の闇の巫女達は、そんな重力、取り分け《斥力》という闇の持つ力の一端を利用して、《呪い》を遠ざけるすべを持ち合わせていた。彼女の村における、最後の現役巫女であった彼女の母が失踪してしまった今、それは既に未来永劫失われたロストテクノロジーではあったもの、その一端は、確かにその後継たるカエデへと引き継がれていた。
「闇を恐れず、闇と遊べ。懐かしい、マミーに飽きるほど言われたっけ… さぁ引力ちゃん、あの子の元へとカエデちゃんを導いて頂戴!」
《闇のコンパス》
彼女が、その手で直接触った相手の居場所を感知する力。《探す事》を生きる意味、使命とするカエデにとってそれは、図らずも皮肉めいた力であると言えた。
「はぁ。この力、何度使っても溜息が出ますわ。どうしてカエデちゃん、あの時、あの年増ちゃんを一発でも殴っておかなかったのかしら…」
本物の巫女になりきれなかった、そんな半端者であるが故に。カエデが探知できるのは、生物だけ。そして、女性だけ。彼女が直接触れた事のある女性だけを探知出来る力。限られた力。もしもあの時、カンナにほんの一度でも触れさえしていれば、今頃カエデは、こんなところに居る筈もなく。
そして何より、この力を自らの母親の捜索に使う決心が、どうしてもつかない。総ての原因である母親との対峙。カエデをもってしても、未だ結論の出ない、或いは決して赦す事の出来ない問題。だからこそ、鞘探しにおいて意地でも母親の力を頼りたくない。頑なにそう思い続けてしまうのも、また事実。
「… まぁ、いいですわ。今は嘆いても仕方が無い。あの小鹿ちゃんを追いかけるのが先決ね」
闇のコンパスに導かれ、カエデはミヤビの元へとその歩みを進める。
◆
「ようやく見つけたわ、小鹿ちゃん… って、何があったの? なんて、聞くのも馬鹿馬鹿しい程素敵な格好ね、それ」
「か、か、カ、カエデ、さぁ~ん」
見事なまでに、ボロ雑巾へとその姿を変えていたミヤビ。洞窟に入る前の、あのピカピカの巫女姿は、もはや見る影も無い。
「カエデちゃんの言った事を聞かないからこうなるの。いい薬になったでしょ?」
「わ、わ、わたし、驚いてしまって、走って、走って、そ、その後、も、い、色々、仕掛けが、発動しちゃって」
その泣き顔を隠そうともせず、ぼろぼろと大粒の涙を流して震えるミヤビ。
「おーよしよし、分かったから。まぁ、あなたが無事で良かったわ… 悉く総てのトラップに引っかかりながらもその程度で済んでいる辺り、流石は光の巫女ってところか、うん。でも、おかげで随分と奥まで来れたみたいよ」
「で、でも、でも。ひ、光の種って、一体、何なの、で、でしょう」
「それを考えるのは小鹿ちゃんの仕事でしょう? さぁ、まだ先がありそうだし、立ち止まっている暇はないわ」
「は、はひっ!」
更に彷徨う事1時間。二人は、沈黙を保ったまま洞窟内を巡回する。
「……… 参ったわ。まさか《こんな時に、こんな事》になるなんて」
「は、はいぃ。ひ、光の、種が、み、みつかり、ません、ね」
光が無ければ、闇は生まれない。
闇が無ければ、光はその意味を成さない。総ては表裏一体。
「ちょっと待って… 何、この感覚。この感じ、カエデちゃんの気のせいかしら?」
「な、なにか、仰いましたか? カエデさん」
音も無く。唐突に忽然と。それは突然に姿を現し、そして何事無かったかのように消える。
「!? 伏せて! 伏せなさい!!」
カエデは、素早くミヤビを押し倒し地面へと伏せる。
驚き、いち早く顔を上げたミヤビの、その二つの眼に映ったもの、それは。
「く、く、首の無い… 鎧? あ、あれって、デュラ、は、は、ハン? ま、まさか、こ、これを倒せって、事… ですか?」
首の無い甲冑鎧。首の無い剣士。そして、手にした鈍く鋭い漆黒の剣。佇むは、具現化した闇。形を持った闇そのもの。
ミヤビの瞳には、確かにそれが見得た。
END