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「カンナさん、本当いい加減にしてくださいよ。僕が町一番の怪力の持ち主に見えますか? 古今東西の無双に見えますか? 呪いを解く事しか能の無い僕に、こんな大量の荷物、持てるわけないじゃないですか!」
目の前には、およそ二人では物理的に運ぶ事が困難であろう量の荷物が積み上げられていた。
宵越しの金を持たない事を美徳とするカンナの性格からして、セツリから渡された金貨を考え無しに全て使い切った結果がコレなのだ。
「あは、あははは。てか君も珍しい怒り方すんね。自虐はいかんよー。自虐は。… それはそうと、ごみんごみん。おねーさんついついテンション上がっちった、テヘ」
そう言って可愛らしくチロリと舌を出すカンナ。
「いや、全然可愛くないですから。むしろカンナさんの歳でそれは、立派な犯罪です」
「んなわけあるかー! うぇーん、セツリのバカー。もっと私に優しくしろー」
やれやれ、と大きな溜息をついたセツリはふらりと街中へ消えたかと思うと、どこからともなく荷車を携えて戻ってきた。
「さぁ、とっとと積んじゃって下さい。そろそろ戻らないと日が沈みますよ?」
「きゃーっ、さっすがセツリー。だから好きなんだ」
嬉々として荷物を積み込むカンナに、セツリが問いかける。
「こんな荷物くらい、魔法で運ぶとか出来ないんですか? 仮にも天才魔法使いなんでしょ?」
「仮にもって君ねぇ。ま、天才であることは否定はしないけどねー」
そう言って、ふふんと鼻をならすカンナ。
「魔法なんて言ってもね、どこぞの秘密道具みたいに便利なものばかりじゃないのさー。特に私の場合なんて、大雑把な効力の魔法の方が得意なの。だから逆にそういうちんまい類の魔法は苦手なのさ」
「そうですか。何だか妙に納得出来ますね、それは。とはいえそれじゃ仕方が無いです。さ、頑張ってください」
「はにゃ?」
「はにゃじゃなくて、カンナさんが村まで引いて帰るんですよ、それ使って。自分で買ったんですから当然です」
「はぁーーー? オニー、アクマー、ドS大明神」
セツリはこめかみに血管を浮かび上がらせながらも、得意のポーカーフェイスでカンナを無視し、一人村へと歩き出していた。
「ごめんよー、ドS大明神は言い過ぎたよー。だから無視しないでくれよぅ、置いて行かないでくれよぅ」
◆
二人が村へと戻るさなかも、神父による解呪術式は続いていた。
が、その健闘も遠く及ばず。男の呪いは解けるどころか、その症状は悪化の一途を辿るばかり。
「やはり… 私の力で解呪は不可能なのか? 災害を退ける事は不可能なのか?」
神父が力なく呟いた時、男の表情が急に虚ろなものへと変わった。
どうやら、とうとう限界が訪れたらしい。
「しっかりなさい! このまま意識を失ってはいけない、呪いに飲み込まれてしまいますぞ」
神父の呼び掛けに反応し、何とか目を開ける男。
「も、も、もう、げ、げ、んか… い」
その言葉を引き金に、男の全身から蒼の炎の柱が立ち昇った。
結論から言うと、神父の術式は失敗に終わり、男は呪いに飲まれた。
「災害」と呼ばれる呪いの力が、果たしてどの程度のものなのか? 神父や村の住人達は、この先その身をもって知ることとなる。
炎は瞬く間に広がり、やがて熱と煙が教会を覆い尽くしていく。
神父の目の前で炎に包まれた男は既に事切れたのか、ぴくりとも動かずただただその体から炎を生み続けていた。
この時になってようやく、神父は自身の身に起こったある事実に気がつく。
神父の右手の掌にくっきりと現れた大きな一つの星模様。
「これは… 不幸の星。この炎自体がまさか?」
神父がソレに気がついた時、既に彼の腕からは旅の男同様、灼熱の炎が立ち昇っていた。
が、神父には炎に焼かれた腕の痛みを感じる暇も、右手に出来た不幸の星を気にする暇も無かった。
今、彼の頭を占めているのはこの呪いの正体についてだった。
「間違いない、この呪いの正体は炎風邪。… 神よ、これは我々に与えられた試練なのですか? あまりに、あまりに残酷すぎる」
災害と呼ばれる高レベルの呪いの中には、固有の名前を持つ呪いも少なくなかった。
それはさながら嵐や雷雨のような本物の自然災害のように人々を恐怖に陥れる存在に与えられる通り名。
その中の一つ、この「炎風邪」はその名の通り、炎の風であり、風邪である。
人から人へ感染し、1度感染すると定期的に体の一定個所から炎を立ち昇らせ、周りに呪いを振りまきながら、やがては全身を焼かれ死に至る。
そして、1度この炎風邪に感染するとその炎から逃れる手段は無く、人から人へ、感染者から感染者へ。その感染の度合いが末端に行けばいくほど、呪いの進行スピードが速くなる。つまり、燃え尽き死に至るまでのスピードが速くなるという性質を持ち合わせていた。
本体から感染が広がる炎風邪を鎮圧する方法は一つだけしかない。
当然それは、炎風邪発症者である6つ星の持ち主を解呪すること。
神父は、この場にセツリとカンナがいないことに感謝していた。
この災害の最大の特徴はそのスピード。あっという間に広がり、あっという間に全てを浚い消えていく。こんな村一つを喰い尽くすのに、そうそう時間はかからないはず。
神父は、まず最初に村人たちを避難させなかったことに対し、激しく後悔していた。
だがこうなってしまった以上、犠牲になるのは一人でも少ない方がいい。ましてや、あの二人ならばなおさらだ。
この時の神父の顔はもはや聖職者としてではなく、一人の人の親としてのそれそのものだった。
◆
「つーかーれーたー。セツリー、セツリってばー、変わってくれよぅ。おねーさんもう動けないよー」
カンナはだらしなく体を投げ出し、ぐてーっとその場に座り込んでいた。
「だーめ。カンナさんはもう少し金銭感覚ってやつを身につけないと駄目なんですから。罰ですよ罰。そうやってしっかり反省して下さいね」
「いぢわるいぢわるいぢわるー」
ばたばたと手足をばたつかせるカンナ。やれやれと溜息をつくセツリ。そんな二人の姿はさながら本当の姉弟のようだった。
「はいはい、例え可愛く言っても駄目なものは駄目です。と言いますか、ぶりっ子が恐ろしく似合わないですね、カンナさんは」
「ショック! …… ってあれ? ねぇねぇ見てよセツリ」
「今度は何ですか? いい加減諦め」
そう言いながらもカンナが指さす方向に目を向けるセツリ。
彼の顔がみるみるうちに険しいものへと変わる。もはや先ほどまでのポーカーフェイスなど見る影もない。
「村から煙? が昇ってるけど、今日って何かあったっけ? セツリ」
「…… 違う。あれは炎です。しかもただの炎じゃない。まさか、そんな」
そう言うと一気に駆けだすセツリ。
「ちょ、ちょっとセツリー」
そんなカンナの言葉も、既に彼の耳には届いていなかった。
END