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第六解 「矜持。光の巫女と闇の巫女」
少女は探していた。
己が運命を決定付けた元凶たる忌まわしき黒の剣。その黒刀を封じる事の出来る唯一の概念である《生きた鞘》を。
そして… 彼女のそんな運命に突如として介入を果たし、彼女にとっての標を示したとある《少年の姿》を。
少女は彷徨う、西へ東へ。
昨日と明日の狭間にて、少女は今日を彷徨う。
◆ ◆ ◆
「カエデちゃんの中に眠る野生の感って奴が告げているわ。今度こそ間違いなく、此方の方角だと」
それは、セツリとカンナが辺境の教会を後にしたのと丁度時を同じくした頃の話。黒衣を纏った白の少女が、《とある村》へと足を踏み入れる。
特徴的な細く長い黒の刀と、鬼灯が如く真っ赤に燃える紅の瞳。そして、その名に違わず、見るものの目を奪う純白の長髪。カエデ=ホワイトラビット、その人である。
「あらから数日。悔しいけれど、変態解呪師ちゃんの居場所は掴めず… くっ、カエデちゃんとしたことが、完全に油断してましたわ」
ワナワナとその拳を震わせながら、白の少女が回想する。数日前に出会った一人の解呪師と一人の魔法使いの姿を。あの一連の出来事を。
「こうなったのも全部全部、あの超超超年増の超お馬鹿ちゃんのせいね。うん。そうに違いない。全く、次会ったときはどんな目に合わせて差し上げようかしら」
尚も怒りに身を震わせる少女であったものの、その足がいつの間にかとある村へと踏み入っていた事に気づき、すぐ様気分を切り替える。
「いつまでもウジウジ言っているのは、そうね、このカエデちゃんには似合わないわ。だって、探し物が一つから二つになっただけですもの。今までそうしてきたように、ただ突き進むのみですわ」
改めてそう決意を新たにした白の少女は、フンスと鼻息荒く気合を入れて村を往く。
― 《タイミング悪く》
そんな彼女の行く手を塞ぐ様にして、往来の中心で輪になって騒ぐ人だかりがあった。
「さぁ、準備はいいかのう? いよいよ… これが最後の試験じゃぞ」
「は、はは、はい、お父様。こ、こ、心の準備は、出来ています。い、いつでも、いつでも。大丈夫、ですから」
そんな言葉とは裏腹に。
明らかに動揺と、準備と覚悟の不足が滲み出る、そんな真新しい《光の巫女装束》に身を包んだ一人の少女。
「そうか。では、最後の試験の内容を発表するぞい。その内容はズバリ… 光の種を取ってくる事、じゃ!」
「そ、そそれって、まさか、その、あの、あの洞窟で、ですか? お父様」
「うむ。ザッツライト。光の巫女、だけにな…」
一瞬の静寂、吹き抜ける風、容赦なく照りつける太陽。
だが、まるで他人事である筈のそんな会話の応酬の中に、唯一白の少女の気を引くのに、或いは充分すぎる程のワードが一つ。
「…… 《巫女》? 巫女ですって?」
当然の事ながら、そのまま素通りしてしまう事も出来た。だが、白の少女はそうしなかった。したくとも、出来なかったという表現が正しい。かつて、自分も巫女と呼ばれていた事もある。もしくは巫女になりかけた者として、少女は、知らず知らずのうちにそのワードに惹き付けられる。
「最後の試験だけあって、危険度もこれまでの比ではない。洞窟内には幾つかの試練も待っておる。それでも… 挑戦するか?」
そんな、お父様と呼称された人物からの質問に対し、巫女服の少女は、一時の逡巡もなく、まるでそう答える事が己の使命であるかのように、力強く答える。
「はい! も、勿論です。も、もともと《あのお方》に助けていただいた、こ、この命ですから。最後まで、つ、貫いて見せます。そ、それが、わた、わたしの、矜持、ですぅ」
「いよぉおおおおおく言ったぁあああああ、流石は我が娘じゃああああああ!!!!」
大の大人が、涙と鼻水交じりのくしゃくしゃの顔で奇声を上げる。どことなく微笑ましいような、それでいて懐かしいような郷愁の思いに駆られながらも、白の少女はひっそりとこっそりと、そんな様子を盗み見る。
「よし、良し、あい分かった。ならば、試験を進めようぞ。最後の試験は、その過酷さゆえ通念上一人だけ護衛をつける事を許されておる。そして、その人物を決めるのはお前じゃ」
「ご、護衛、ですか」
「うむ。村一番の怪力を選ぶも良し、村一番の知恵者を選ぶも良し… たまたま、極々たまたま、この村の村長として、たまたまこのタイミングでワシが雇っていた凄腕の剣士を選ぶも良し」
「… お父様?」
少女が、ジト目で村長である父親を睨む。
「だ、だってぇ。ワシじゃって心配なんじゃもん。もしもお前に何かあったら思うと。それにな? もうすぐその剣士も到着する予定になって… お、なんじゃ、もう来ておるじゃないか!」
そう言って、こそこそと隠れて様子を窺っていたカエデの姿を目ざとく発見したお父様こと、村長はグイグイとカエデを表舞台へと引きずり出す。
そう、その文字通り言葉通り。
「………… え!? ええ!? ちょ、ちょっとなんなのこのお間抜けちゃん! カエデちゃんはただの通りすがりよ!? 人違いだってば! お馬鹿ちゃん!」
「はて。ワシが依頼の注文をしたのは確か男の剣士じゃったはずだが… まぁ良い。良く考えれば男の剣士じゃと何かと問題も起こるやもしれんしな。吊橋効果などという如何わしい言葉もあるくらいじゃし。うむ。その言葉遣いは改善の余地アリじゃが、なかなか威勢も良いし、気に入った!」
《あいも変わらず》村長のうっかり癖はあの頃から全くの改善をみせていないようで。
困り果てる白の少女の前に、その華奢な体を折り曲げペコリと頭を下げる巫女装束の少女。
「あ、あの、あの。ごめんなさい、スミマセン。わ、わざわざ、こんな遠くの、い、田舎の村まで、その、わ、わ、わたしのために、お越しいただきまして、その、スミマセン」
「ちょ、ちょっと。やめなさい! 頭を下げるのはやめてよ、このお馬鹿ちゃん!」
ところが、一方の少女はその華奢で稀薄な見た目とは裏腹に持ち前の意地と根性を、己が内の信念を見せる。
「わ、わたしはっ! 光の巫女として、この村の巫女として、皆様のお役に立てるよう、これまで精一杯努力して、き、きました! ひ、光の巫女になることは、わ、わたしの《夢》なんですぅ! い、一度は、呪いによって、諦めかけたこの夢も、あるお方に、こ、この命を助けていただき、とうとう、最終試験まで、やってきました。あ、あ、後、一歩なんです! お、お、お願いし、しますっ! わ、わたしに、力を、どうかお貸しくださいっ!」
何度も何度も噛みながら、どもりながら、小鹿のように震えながら。一気にそう捲くし立てた、光の巫女装束の少女。
理由も事情も、何も知らないし知る由もない。
ただ、そのどこか放っておけない必死さと、《巫女》という立場に免じて… 少しだけなら、ほんの少しだけならば。寄り道していくのも、たまには悪くないかもしれない。
気がつくと、白の少女の心にはそんな感情が生まれていた。
「… いいわ。何だか良く分からないけれど、このカエデちゃんが。カエデ=ホワイトラビットが、責任を持って小鹿ちゃんの護衛をしてあげる。光栄に思う事ね。うん」
「ほ、本当ですか!? よ、良かったぁ。あ、あの、わたし、カゴミ村のミヤビ=ハイライトと申します。どうぞ、よ、よろしくお願いします」
「やれやれだわ… どっかの変態ちゃんのお節介癖がうつっちゃったのかしら。やっぱり、あの場で切り刻んでおくべきでしたわ、もうっ」
その場で、硬い握手を結ぶ二人。
光の巫女の見習い少女と、元闇の巫女なりかけの少女。そんなワケアリ二人組による巫女のための最終試験が、今、幕を開ける。
END