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「… ンッ。ん、んぁ?」
隣り合って並べられた二つの白いベッド。
一つにはカンナが。もう一つには、とある幼い少女の姿。
「あれ…? あれれ? 私… っていうか、ここ、どこ?」
「ふぅ、良かった。お目覚めですかカンナさん?」
ベッドからむくりと起き上がった彼女は、未だ意識と記憶がはっきりしないためか、キョロキョロとしきりに辺りを見回す。だが、その視線はやがて、彼女に掛けられたそんなセリフの主の前で、ピタリと止まる。
「セツ、リ?」
「はい。僕ですよ、カンナさん。良い《夢》は見れましたか?」
「セツリ…」
「ええ。安心してください。解呪の件、何とか上手くいきましたから。もう大丈…」
「セツリセツリセツリセツリセツリ!!!」
ここは、とある辺境の村のとある教会。
到着したは良いものの、村に宿泊施設が無い事を知った二人が、ちょっとした孤児院施設を兼ねたこの教会に宿泊したのは、今からほんの二日前の話だった。
「私、何だか凄く凄く遠くに行ってた気がするんだ」
「馬鹿ですね。僕がカンナさんを置いて行く筈ないじゃないですか。だって、あなたを放っておいてら、誰に迷惑掛けるか分からないですからね」
「うえぇえーーん。やっぱりいつものセツリだぁあああ」
その顔に大量の涙と鼻水を携えながら、カンナは、形振り構わずセツリに抱きつく。
「よしよし。本当、手の掛かる人ですよ、あなたは」
だからこそ、眼を離しておけない。
そう呟いたセツリは目の前で泣きじゃくるカンナの頭を、彼女が落ち着くまで、彼女の気の済むまで優しく撫でる。
どれくらい時間が経過したのか。
その眼を真っ赤に腫らしたカンナが、ようやくそのクシャクシャで真っ赤な顔を上げる。
「そっか… 思い出したよ。私達、この教会で一宿一飯の厄介になって、そのまま」
「あなたは眼を覚まさなかった。僕とした事が迂闊でした… 《彼女の呪い》に、気がついてあげられなかったなんて」
セツリは、カンナの隣で眠る少女の姿を一瞥する。
しかし、少女は動かない。
カンナは、そんな少女の小さな手を強く強く握り締める。
それでも、少女は目覚めない。
「彼女の、ニアちゃんの呪いは《ナイトメア》です。彼女にとってあったかもしれない世界を、自己の夢を媒介にして想像、創造する呪い」
「夢? さっきのって、全部夢だったってこと?」
「その答えはイエスであり、ノーでもある。この呪いの恐ろしいところは、世界を創造するという点にあります。カンナさんもご存知の通り、呪いには感染力を持つ種類も存在している。このナイトメアの場合、《ある特定の条件》を満たした人物をその夢世界に引き入れるという効果を持っている」
それは言わば、条件付き感染タイプ。
本来の感染タイプの呪いに対して、その感染力こそ低いものの、その分条件に合致してしまった者を引きこむ力は強い。
「そしてもう一つ。この呪いの顕著な特徴として挙げられるのが、その、実は…」
セツリが、カンナの顔を一瞬だけ窺った後、その言葉を濁す。
「セツリ、言って。君は解呪師として、誰に対してもその役割を貫かなきゃならないんだよ。例え相手が、この私であったとしても」
そう言い切ったカンナの顔は、いつもの太陽のように明るい表情ではなく、どこまでも真剣で落ち着いた月の表情であった。
そんな彼女の想いに応える様に、セツリは一度だけコクリと頷いた後、その重い口を開く。
END