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「たっだいま~、ニア。愛しのおねーさまのお帰りだよぉー」
1日の仕事を終え、その両手に大量のパンを抱えながら上機嫌かつ勢い良く、家のドアを開けるカンナ。
だが、彼女の望む反応が返ってくることは無い。それどころか、これまでの喧騒が嘘のように辺りはしんと静まり返っていた。ひっそりと佇む、張りぼての場所。
「ニア? おーいニアちゃーん? 妹やーい。おねーちゃんですよー」
元々広くは無い家。
例えその姿を探し回ったとしても、その行為自体、それほど多くの時間を必要とはしなかった。
ニアは、ひっそりと隠れ潜むようにして、その小さな身体を小さなベッドの上に横たえていた。
その顔に血の気は無く青白い。呼吸は浅く、意識レベルも低い。希薄な存在感。現実感の無い光景。魂の揺らぎ。
そんな様子を目の当たりにして、件のカンナが冷静でいられる筈もなく。
「ニア? ニアっ!? 何があったの!? どうして、何で…」
どうすれば良いのか分からない。それでも、当然このままで良いわけが無い。彼女の存在自体、消え去ってしまいそうで。
「どうしようどうしょう。えっと、そうだ。医者。お医者さんに診せなきゃ」
カンナは、ニアのその小さな身体を抱きかかえると一も二もなく家を飛び出した。だが、カンナのその足は、家を出たとたんにすぐに止まってしまう。何故なら。
「あれ…。お医者さんってどこに居たっけ? …… そもそも、ここは、どこ? だっけ」
彼女の中の何かが、警鐘を鳴らす。
彼女の中の何かが、音を立てて壊れていく。
それでも、彼女はがむしゃらに走る。走る。走る。
彼女の腕の中で眠る最愛の妹、ニアのために。
「あっ、お隣のおばちゃん! ねぇ、大変何だ! ニアが、ニアがっ」
カンナが近づいた瞬間、人影は跡形も無く霧散する。元々、この場所には誰もいなかったように、何も無かったかのように。後に残るものは、淡い影法師の幽かな残滓のみ。
それこそが、今、カンナの身に起こっている現象そのものを如実に物語る。
虚構と幻想と夢想。
一体何が現実で、一体何が幻なのか。
その遺志は何を想い、その意思は何を信じ、その意志はどこへ向かうのか。
「おやっさん! おやっさん居ないの!?」
しかし、走れども走れども二人がどこかに到達する事は決して無く、村の周囲からは人の気配が完全に消えていた。消え去っていた。
人の居ない村が、村と呼称される事は無いように。こっそりと、ひっそりと。
意識の無いニア。
それに伴うようにして住人の消え去った村。
齟齬が明確化し歯車のずれていくカンナの記憶、二人の存在。
「ねぇ、どうしよう。私はどうすればいいの? 誰か… 誰か助けてよ!」
村が、場所が、少しずつ黄昏色に染まっていく。
END