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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第五解 「郷愁。黄昏に染まる場所で」
33/107

5-3


「おう、カンナ。今日は遅れなかったみてーだな。とっとと準備しな。お客さん来ちまうぜ」

「失礼だにゃ。私、遅刻したことないっつーの。おやっさんこそ、今日の焼き上がりはどーなのさ」


 おやっさんと呼ばれた人物が、石釜から焼きたてのパンを取り出していく。

 立ち昇る湯気と焼きたてパンの香り。質素で狭い店内が、そんな幸せな香りで満たされていく。


「ん~。さいっこう! 良いよねー、この匂い。私、大好きなんだーこの焼きたてのパンの匂いって」

「ああ、そうかよ。そいつは何よりだ。それより、そっちの準備はもう済んだのか?」

 シンプルな黒のエプロンを身に纏ったカンナが、満面の笑みで答える。

「もちのろんだよ、おやっさん。なんてったって私は、村で唯一のパン屋さんの看・板・娘! なんですからねっ(ドヤァ」

「はん。娘って歳かよ。ニアならまだしも」

「失敬だな! 失敬だな! このロリコーン! ってか、私だってニアとは一回りも年離れてないんだぞぅ」

 手足をばたつかせて猛抗議をするカンナ。そんな彼女をまともに相手にする事もなく、一方の店主はもくもくと開店準備を続ける。

「ったく、暴れんじゃねーよ。埃が立っちまうじゃねーかぁ。仕方ねぇ、今日も年増の看板娘で我慢してやるか… ウチも何かと人手不足だからな。この際文句は言えねーぜ」

 先ほどまでの調子が嘘のように。カンナが、しおらしくおずおずと尋ねる。

「おかみさんの体調… どう?」

「ん? ああ、いいぜ。頗る良好だ。もうすぐ産まれるんじゃねーかな」

「本当!? やったじゃん! いやー、でもおやっさんが人の親になるのかぁ。もう感動を通り越して犯罪の域だよねぇ、それってさ」

「てめぇ、そんなにクビになりてーのか? 馬鹿言ってねぇで、とっとと焼きあがったパン並べやがれ」

「ほんのじょーだんなのにぃ。あいあい、りょーかいですよーだ」

 

 明るくてちょっとずぼらなお調子者。とある小さな村のとある小さなパン屋の、そんな極々普通の看板娘。

 それがカンナの仕事であり、カンナと言う人物を構成する要素の一つだった。


「あっ、おばちゃんおばちゃん。コレ、新メニューなんだけどどう? 人柱になってみない?」


「いやー、今日も良い天気だねー。こんな良い日は食欲1.5倍増しでついつい余計に食べたくなっちゃうんだよねー。えっ? 関係ない?」


「いいよいいよ、おやっさんには内緒ね。いつも買ってくれるからさ、オマケってやつだ。ふっ、惚れるなよ?」



 そんな性格もあり。カンナにとってこの仕事は、彼女にとっての適正職の一つであると言えた。 

「おい、カンナ。客足も落ち着いたし、休憩に入ってくれていいぜ。ちと遅くなったが家戻って昼飯でも食ってこい」

「ほーい。りょーかい」

 黒のエプロンを外し、スキップと鼻歌まじりで一旦家路へとつくカンナ。妹の待つ、二人の家へと。


          ◆


「あっ。待ってたよ、おねーちゃん」

「ごめんごめんニア、待った? 相変らずおやっさんたら人使い荒くてさぁ。まいっちゃうよね~」

「それだけおねーちゃんが頼りにされてるってことだよ。それじゃ、冷めないうちに食べよ?」

 小さなテーブルに小さなイスが二脚。

 朝食時とさほど変わらない質素なメニューに加え、午前中に売れ残り店主に持たされたパンを幾つか。

 それらを口に運びながらの何気ない会話。


 姉妹の時間。掛け替えの無い、二人だけの時間。


「ニア、午前中も良い子にしてたかい? おねーちゃんがいなくて寂しくなかったかい?」 

「もう! おねーちゃんってば、そうやってすぐ子供扱いするんだから。お掃除にお洗濯、ご飯作り。我が家の家事は誰がやってるんだっけ?」

「えーっと。私の自慢の妹、ニアちゃんです」

「えへへ。ねぇ、おねーちゃん。お仕事終わったらお勉強見てくれる? ちょっと分からないところがあるの」

「… 私の妹が、こんなに良い子のわけがない。妹が可愛すぎて、生きているのが辛い」

「なーに、それ? 変なおねーちゃん」


 あっという間にお昼を食べ尽くしたカンナは、午後の仕事の為、再び店主の待つパン屋へと向かう。

 時刻は、太陽が最も高く昇る時間帯。


「おやっさん、午後の分の焼き加減はどんな感じ? って、この匂いなら、聞くまでもないよね」

「へっ。分かってきたじゃねーか。まだまだ午後は長いぜ、気合入れてくれよ」

「ぃよっしゃー! まかせとけぃ」

 


 何気ない平穏な一日。ありきたりで退屈な日常。セピア色に包まれた世界。


 けれども現実は残酷で。


 昇りきった太陽が辿る運命は、たった一つしか用意されていなかったとしても。時間は止まらない。

 

 秒針は刻一刻と駆け足で過ぎ去っていく。

 


END

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