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「今朝も早いな、ニア嬢ちゃん」
「お早う、ニアちゃん。今日もお姉さんと一緒? 相変らず仲が良いわね」
「ニアちゃんは元気でしっかり者で働き者で、いやー、ウチの子にも見習わせたいよ」
水汲み場への道すがら、ニアと呼ばれる少女へと向けられる称賛の言葉の数々。それは、この少女の性格を如実に物語っていると共に、ここが《カンナの見ている夢》などではないということを物語る。
「さっきから何でおねーちゃんが嬉しそうな顔してるの? 一応、褒められてるのはあたしなんだようっ」
「え~、いやだってさぁ、妹があんなに褒められて嬉しくないわけないよ。ニアが褒められるのは、私自身が褒められるよりずっとずーっと嬉しい事なんだから。それが、姉心ってもんなのさ。分かるかにゃ~」
「分かんないよ。そんなの。だって、あたしにはおねーちゃんしか居ないもん。んーん、あたしにはおねーちゃんが居る。それだけで充分なんだもん」
そんなニアの言葉が、カンナの奥深くに眠る何かを直球で刺激する。
それがどういった感情であるのか、カンナ自身も理解出来ないうちに何故か零れ落ちる涙が一粒。
「おねーちゃん、どうしたの? 何で泣いてるの? お腹痛いの?」
「ごめん、ニア。にゃはは、本当、どーしちゃったんだろう今日の私。何か変だよね。妹に心配かけるなんて、おねーちゃん失格だよね」
じぃーっと、その円らな瞳をカンナへと向け一思案。ニアは、その両手をカンナの腹部へとあてがい呪文を唱える。
「えっと。痛いの痛いの、おねーちゃんのお腹から飛んでけー。ねっ? 治った?」
「… 治った。治ったよ。ちょー治ったよ」
「良かった! 早く帰って一緒に朝ごはん食べようねっ」
一つのバケツを二人で支えながら、その中にたっぷりの水とたっぷりの信頼を注ぎ、二人は帰路へと向かう。
「それじゃ、おねーちゃんはあたしが朝ごはん作ってる間、薪集めてきてね」
「薪? ってことは火起こしかぁ。なーんだ、火なら私の、ん、私の…」
「どしたの? それじゃ、お願いねおねーちゃん」
カンナは、言われるがまま薪を拾う為に裏通りへと向かう。
未だ、未開の自然が色濃く残るこの村の住人にとって、毎朝の水汲みと薪拾いは欠かすことの出来ない習慣であった。
何一つ変わらぬ、日々のルーチンワークの一つ。変わらぬ日常生活の一部。
だからこそ、カンナは言われるがまま薪集めに奔走する。そうすることが当たり前のように。疑問を挟む余地もなく。
「適当に歩いてるだけでも結構落ちてるもんだー、薪って。あれ? でもいつもどれくらい拾ってたっけ。うーむむ」
「あら、お早うカンナさん。あなたも薪集めかしら?」
うんうんと唸るカンナの隣に、いつの間にか気品ある老婦人が立っていた。薪集めに集中して周りが見えていなかったためか、或いは全く別の理由からなのか、いつにも増してカンナの意識はゆらゆらと揺れている。
「あっ、えーっと? そうそう、お隣のおばあちゃん。お早うございます」
「はい、お早う御座います。あなたがここに居るという事は、ニアちゃんは今頃朝食の用意かしら?」
「にゃはははは、正解。さっすがおばあちゃんだね」
「あら。こんなおばあちゃんより、もっと褒めるべき人物がいるでしょう。ニアちゃんに、あんまり心配掛けさせちゃ駄目よ。あなたはあの子の姉なんですから。もっとお手本になってあげないと」
カンナは何となくこの場を逃げ出したい気分に陥りながらも、ただただ苦笑いを浮かべる。
「いやー、何と良いますか。だって私よりニアの方が家事上手っぽいしぃ。私って昔から大雑把だからなー、なんて言ってみたり」
「あら、そういう問題かしら」
「と、とにかく、その妹ちゃんが朝ごはん作って家で待ってますから。おっさきに失礼しまーす」
カンナは薪を両手に抱えながらも、そそくさと逃げるようにその場を後にする。その逃げ足だけは、相も変わらず脱兎の如く。
◆
「どーしたのおねーちゃん。食べないの?」
「いやー、自分の日頃の行いって奴を垣間見た気がして。おねーちゃんしょんぼり」
薄くスライスされたバゲット。絞りたてのミルク。サラダにスクランブルエッグ、幾つかの小さな果物。
質素ながらも栄養バランスも考えられたしっかりとした朝食が、カンナの目の前に準備されていた。
「でもでも、それはそれこれはこれ、だよね。折角ニアが用意してくれた朝食だもん、当然食べます」
「あはっ。おねーちゃんってば何それー。それより、早く食べないと遅れちゃうよ? お仕事」
「にゃははは……は? えっ? お仕事?」
END