表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第五解 「郷愁。黄昏に染まる場所で」
32/107

5-2

「今朝も早いな、ニア嬢ちゃん」

「お早う、ニアちゃん。今日もお姉さんと一緒? 相変らず仲が良いわね」

「ニアちゃんは元気でしっかり者で働き者で、いやー、ウチの子にも見習わせたいよ」


 水汲み場への道すがら、ニアと呼ばれる少女へと向けられる称賛の言葉の数々。それは、この少女の性格を如実に物語っていると共に、ここが《カンナの見ている夢》などではないということを物語る。


「さっきから何でおねーちゃんが嬉しそうな顔してるの? 一応、褒められてるのはあたしなんだようっ」

「え~、いやだってさぁ、妹があんなに褒められて嬉しくないわけないよ。ニアが褒められるのは、私自身が褒められるよりずっとずーっと嬉しい事なんだから。それが、姉心ってもんなのさ。分かるかにゃ~」

「分かんないよ。そんなの。だって、あたしにはおねーちゃんしか居ないもん。んーん、あたしにはおねーちゃんが居る。それだけで充分なんだもん」

 そんなニアの言葉が、カンナの奥深くに眠る何かを直球で刺激する。

 それがどういった感情であるのか、カンナ自身も理解出来ないうちに何故か零れ落ちる涙が一粒。

「おねーちゃん、どうしたの? 何で泣いてるの? お腹痛いの?」

「ごめん、ニア。にゃはは、本当、どーしちゃったんだろう今日の私。何か変だよね。妹に心配かけるなんて、おねーちゃん失格だよね」

 じぃーっと、その円らな瞳をカンナへと向け一思案。ニアは、その両手をカンナの腹部へとあてがい呪文を唱える。

「えっと。痛いの痛いの、おねーちゃんのお腹から飛んでけー。ねっ? 治った?」

「… 治った。治ったよ。ちょー治ったよ」

「良かった! 早く帰って一緒に朝ごはん食べようねっ」


 一つのバケツを二人で支えながら、その中にたっぷりの水とたっぷりの信頼を注ぎ、二人は帰路へと向かう。


「それじゃ、おねーちゃんはあたしが朝ごはん作ってる間、薪集めてきてね」

「薪? ってことは火起こしかぁ。なーんだ、火なら私の、ん、私の…」

「どしたの? それじゃ、お願いねおねーちゃん」



 カンナは、言われるがまま薪を拾う為に裏通りへと向かう。

 未だ、未開の自然が色濃く残るこの村の住人にとって、毎朝の水汲みと薪拾いは欠かすことの出来ない習慣であった。

 何一つ変わらぬ、日々のルーチンワークの一つ。変わらぬ日常生活の一部。

 だからこそ、カンナは言われるがまま薪集めに奔走する。そうすることが当たり前のように。疑問を挟む余地もなく。



「適当に歩いてるだけでも結構落ちてるもんだー、薪って。あれ? でもいつもどれくらい拾ってたっけ。うーむむ」

「あら、お早うカンナさん。あなたも薪集めかしら?」

 うんうんと唸るカンナの隣に、いつの間にか気品ある老婦人が立っていた。薪集めに集中して周りが見えていなかったためか、或いは全く別の理由からなのか、いつにも増してカンナの意識はゆらゆらと揺れている。

「あっ、えーっと? そうそう、お隣のおばあちゃん。お早うございます」

「はい、お早う御座います。あなたがここに居るという事は、ニアちゃんは今頃朝食の用意かしら?」

「にゃはははは、正解。さっすがおばあちゃんだね」

「あら。こんなおばあちゃんより、もっと褒めるべき人物がいるでしょう。ニアちゃんに、あんまり心配掛けさせちゃ駄目よ。あなたはあの子の姉なんですから。もっとお手本になってあげないと」 

 カンナは何となくこの場を逃げ出したい気分に陥りながらも、ただただ苦笑いを浮かべる。

「いやー、何と良いますか。だって私よりニアの方が家事上手っぽいしぃ。私って昔から大雑把だからなー、なんて言ってみたり」

「あら、そういう問題かしら」

「と、とにかく、その妹ちゃんが朝ごはん作って家で待ってますから。おっさきに失礼しまーす」

 カンナは薪を両手に抱えながらも、そそくさと逃げるようにその場を後にする。その逃げ足だけは、相も変わらず脱兎の如く。


          ◆


「どーしたのおねーちゃん。食べないの?」

「いやー、自分の日頃の行いって奴を垣間見た気がして。おねーちゃんしょんぼり」

 薄くスライスされたバゲット。絞りたてのミルク。サラダにスクランブルエッグ、幾つかの小さな果物。

 質素ながらも栄養バランスも考えられたしっかりとした朝食が、カンナの目の前に準備されていた。

「でもでも、それはそれこれはこれ、だよね。折角ニアが用意してくれた朝食だもん、当然食べます」

「あはっ。おねーちゃんってば何それー。それより、早く食べないと遅れちゃうよ? お仕事」


「にゃははは……は? えっ? お仕事?」



END

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ