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第五解 「郷愁。黄昏に染まる場所で」
太陽の光に、優しく照らしだされる部屋。
小さな鏡台、年代物のクローゼット。
テーブルの上で明かりが灯ったままのランプと、読みかけの書物。部屋の隅に配置された年季の入った木製ベッド。
そんなベッドの上でだらしなく服をはだけながらも、すやすやと寝息を立てる人物が一人。
手狭で質素ながらも、根付いた生活が見える空間。平凡でありながらも、確かにそこにある日常が醸し出されている。
時刻は日の出過ぎ。
静寂と安寧だけが満ちる時間帯。温もりに包まれる至福の時。
だがしかし、そしてしかし。止まない雨が無いように、明けない夜が無いように。そんな絶対時間にもやがて終わりはやってくる。
それは、とある少女の一言と供に。
「おねーちゃん、時間だよー。おねーちゃん起きてよ。おーきーてー」
年の頃7,8歳。
小さな体とは対照的にぱっちりと開いた大きな瞳、可愛らしいピンクのリボンで二つ結ひに結んだ髪型。
そんな年端もいかぬ少女がバタバタと部屋に駆け込んでくると同時に、ベッドの上で寝息を立て続ける人物の身体を激しく揺さぶる。
「おねーちゃん。朝の水汲みに行く時間だよっ! ちゃんと起きないと駄目だよっ!」
それでも、ベッドの上の《おねーちゃん》と呼称される件の人物が起きる気配は無い。
その寝息は、その寝顔は、驚くほど安らかで果てしなく幸せに満ちた表情を浮かべている。
「… んみゅぅ。いーじゃんさぁ、もう少し寝ててもぉ」
「だめだもん! おねーちゃんはあたしより年上なんだよ? だから、あたしよりしっかりしなきゃ駄目なんだよ。分かった? 《カンナ》おねーちゃん」
「分かってるよぉー、みなまで言うなよぉ…… って、ん? んん? はにゃ?」
カンナ。聞き慣れた筈のそんなワードを耳にした瞬間、彼女の意識は一気に覚醒する。
ベッドから飛び起き一心不乱に周囲を見回すカンナに対して、そんな彼女を呆れた様子で眺める目の前の少女。
「ちょ、ちょっと待ってよ。え? どーゆーことコレ。ってかここどこ?」
「おねーちゃんったら、まだ寝ぼけてるの? どーせ変な夢でも見たんでしょ」
「夢? だってぇ。私、私は確か……」
「もうっ、だってじゃありません。おねーちゃんは、あたしのおねーちゃん。そうでしょ?」
そう言って、少女はつぶらな瞳で満面の笑みを浮かべる。天使の微笑み。満点の笑顔。
夢の記憶がやがて薄れていくように。カンナの疑惑や混乱は、ゆっくりと優しく掻き消されていく。
当たり前の光景と当たり前の日常だけが、彼女を支配する。
「… う、うん。そう、だね。そうだったね、ごめんごめん。にゃははは。ねーちゃん寝ぼけてたよ。んじゃ、今朝も元気に水汲み行こっか!」
小鳥の囀りと、差し込む朝陽。懐かしくも清清しい、そんな変哲も無い新しい朝。
どこかの誰かの、とある一日の始まり。
END