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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
《第一部》第一解 「呪い。とある村にて」
3/107

1-3


 ある一人の男が、村へとやって来た。

 

 ボロボロに擦り切れた服に、体を支える棒きれ。僅かな荷物と、体のあちこちに巻かれた薄汚れた包帯。その風体から察するに、流れものあるいは旅人とおぼしきその男は、周囲の目も旅の疲労さえも気に止める事なく、ただひたすらに、「ある場所」を目指していた。


          ◆


「本当にいいのですか?」

 セツリは困ったような、それでいて喜んでいるような、どちらともとれるような表情で神父に聞いた。

「なぁに、かまわんよ。たまには足を延ばすのも悪くない。楽しんでおいで」

「イェイ! さっすが神父さま。話が分かるにゃあ」

 神父の返答を聞き、指を鳴らして歓喜するカンナ。一方セツリはいつもの仏頂面で答える。

「分かりました。なるべく夕刻までには戻るようにしますので」

「はっはっは。大丈夫、そう心配せんでも何も起こらんさ。安心して行ってきなさい。それじゃあカンナ、セツリをよろしく頼む」

 神父のそんなセリフに、思わずポーカーフェイスを崩すセツリ。

「ちょ、ちょっと神父様、それは無いでしょう。普通逆です、そのセリフは。そりゃ確かに僕はカンナさんより年下ですけど、一応男なんですから」

 そんなセツリの必死の訴えに、何が可笑しいのか終始にやけ顔のカンナが上機嫌で答える。

「あれあれあれー? セツリ君のプライドが傷ついちゃったかなー? にゅふふ、そうは言ってもねセツリ君。だって実際おねーさんの方が強いじゃん」

 カンナの決定的な一言に、思わず凍りつくセツリ。

 そんな彼の姿を見て慌ててフォローに回る老神父。

「ま、まぁそういうことだな。セツリの解呪の力は、確かに目を見張るものがあるが、事、荒事においては、魔法の使えるカンナの足元にも及ばんだろ? 人には誰しも得手不得手があるものだ。さ、ぐずぐずしていては時間がもったいないぞ」

 老神父は我が子を見守る父親のような顔つきで、二人の若者を送り出した。


         ◆


「うふふのふー。いやー、セツリとデートなんてどれくらいぶりかなー? おねーさん、柄にもなく緊張しちゃうぜぃ」

「本当に柄にもないですね、それは。それに、これは断じてデートなんかじゃありませんから。ただの買い出しの手伝いです」

「やだなー、まだ怒ってるの? でも私の方が強いってのは事実だしぃー。それにそれに、例えそれが研究の材料の買い出しに、隣街まで行くってだけでも、これはもう立派なデートですぜ、旦那ぁ」

 カンナはにやにやしながらセツリの脇腹を小突く。

「誰が旦那ですか、誰が。… まぁ、デート云々は置いておいたとしても、こうして隣町に来るのも久しぶりですね」

「そうそう、セツリったらちーーーっともあのへんぴな村から出ないんだもん。全く、神父様の前では糞真面目なんだから」

 神父の前では、というセリフに一瞬だけ顔をしかめたものの、すぐさまいつも通りのポーカーフェイスで反論するセツリ。

「僕はいつでも誰の前でも真面目なつもりですよ、カンナさん。それに辺鄙な村は言い過ぎです。平和で静かで、少なくとも僕は好きです」

「ものは言いようね。私にしてみれば、あそこは刺激がなさすぎる。これじゃ私の魔法も錆びる一方だよぅ」

「確かに。カンナさんの性格からすれば、もっとお似合いの場所があるかもしれませんよ。ジャングルとか砂漠とか、闘技場とか」

「うぉーーい、君はおねーさんを何だと思ってるのかな?」

「自慢の美人天才魔法使い」

「こらー…… って、え? あ、あの、セツリ? 今何て言った? お、おねーさんをからかうのも、い、いい加減にして、よ」

 思っても見なかった返答。

 ツッコミの準備をしていたカンナは、思わず素で聞き返した後、顔を真っ赤に染めつつ、右手と右足、左手と左足を同時に動して歩いている。

「と言う冗談はさておき、カンナさんが魔法使いとして優秀だというのは僕も認めています。カンナさんから見れば、あの村にいるメリットなんて無いかも知れませんね…… そもそも何故あの村に留まっているんですか? カンナさんなら優秀な魔法使いの弟子になることも、アカデミーに入ることも十分出来ると思うのですが」

 良いようにからかわれたカンナは、顔をさらに真っ赤にして叫んだ。

「セツリ何かにゃぜーーーーーーーったい教えてあげないよん。つーんだ」

「はぁ。別にいいですけど… ?」

「ソレを言うなら君だって。あの村を出ようとは思わないのかい?」

 セツリはその質問に答える代わりに、遥か遠くに見える目的地を一瞥し吐き捨てるように呟いた。

「…… 疲れました」

「はにゃ?」

「歩き疲れました。もう帰っていいですか?」

「君ってやつは」

 カンナは苦笑しつつ、その歩幅を緩めたのだった。


          ◆


 セツリ達の村から徒歩1時間。

 ここは、商業街コクーン。二人の村とは違い、通りは大勢の人達で賑わっている。


「とうちゃーく。きゃーっ、買うぞ買うぞ買いまくるぞー」

 テンションが高いカンナに対し、いつも通りの冷静な声でセツリが釘をさす。

「流石は商業都市、相変わらずの賑わいですね。カンナさん、くれぐれも無駄遣いはしないで下さいよ?」

 カンナは不敵な笑みを浮かべ、高らかに宣言する。

「そいっつあ無理な相談ですぜ旦那ぁ。物理的に二人で持って帰れる限界までは買うでしょ普通」

「だから誰が旦那ですか。それに、物理的って意味が分からないですよ? お願いですから少しは金銭感覚ってものを身につけてください」

「ふーんだ、魔法使いに一般常識なんて通用しないよーだ」

 ぷくーっと頬を膨らませるカンナに対して、半ばあきらめ気味のセツリがぼやく。

「でしょうね、カンナさんに聞いた僕が馬鹿でしたよ… ってもう居ないし」

 セツリは肩を落とし、嬉々としてスキップするカンナを追いかけていった。


          ◆


 同時刻、教会へある男が足を踏み入れる。

「神父、神父はいるか! 頼む、俺を助けてくれ。もう… もう限界なんだよ、頼むから」

 男の悲痛な叫び声を聞きつけた神父が教会の奥から現れた。

 男の姿を見た瞬間、神父はまるで全身を燃やされるような錯覚に囚われた。

 包帯だらけのその姿もさることながら、男から発せられる目には見えない禍々しい気配が神父をそう錯覚させていた。

 この雰囲気は、間違いなく呪いによる物。しかも相当な高レベルに違いない。

 神父はなるべく平静を保ちつつ、男に語りかけた。

「旅のお方、どうなさいました? ここは教会、神の僕としてあなたのお力となりましょう」

「どうもこうもねぇ。こいつを何とかしてくれ、おれぁもう、耐えられねぇ。可笑しくなりそうだ。この6つの不幸の星を何とかしてくれよ」

「6つの不幸の星!?」


 神父は困惑していた。

 彼の今までの経験上、これまでに診た呪いの中でもっとも高レベルだったものでも5つ星。

 それでも、彼は持てる力を全て使い、何時間にも渡る術式の末、何とかその呪いを駆逐させることに成功させた。

 同時に、それが一般的な聖職者の限界でもあった。

 

 6つ以上の不幸の星を宿す呪い。それは俗に「災害」と呼ばれていた。


 本来、人間には解く事が出来ない、解いてはならない天災のような存在、それが高レベルの呪い。

 そもそも呪いとは、幸不幸の天秤の役割を担うもの。

 それだけ大きな呪いを捻じ曲げるとなると、それ相応な報いが起こる。

 それでも、リスクや困難を承知の上でその上位の呪いを解呪するならば、その方法は数手に限られる。

 限られた一部の上位解呪師の術式か、伝説級のマジックアイテムの使用、もしくは…。


「早く、早くなんとかしてくれよぉお、神父様ぁ」

 男がそう口にした瞬間、彼の右腕から炎が吹き上がった。

「ぐぎゃあああああああああ」

 炎は一瞬にして消え去ったものの、彼の腕には生々しいやけど跡が残っていた。

 男が呪いに飲まれるまでもうほとんど時間が無い。例え、無謀だとしても、無理だとしても目の前の男を見捨てるわけには行かない。


 神父は覚悟を決め、呪いの解呪準備に取り掛かった。


END


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