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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第四解 「剣響。少女と刃と探し物」
28/107

4-5


 翌朝。


「ううヴヴぅ。痛いよー、頭痛いよーセツリー」 

「忠告を素直に聞かないからです。ま、僕も人の事言えませんがね… 昨日殴られた頬がまだ痛い。お互い自業自得ですよ、これは」

 朝から絶不調を訴え、ベッドの上でごろごろ転がるカンナと、朝からグアグアと元気良く飛び回るベルの朝食を用意するセツリ。

「仕方ありませんね。カンナさんはもう少しここで休んでいてください。僕とベルは少し外を診て周って来ますので」

「おっけーぃ! 私、お言葉に甘えて存分に惰眠を貪ってまーす」

「はいはい。こういう時の返事だけは無駄に良いですよね、まったく」

 

 一人と一匹は、そんな駄目な年上を部屋に残し、宿場の外へと繰り出すのであった。


          ◆


「何だか人気の少ないところですね、此処は。良く言えば静謐、悪く言えば寂れているといったところでしょうか。昨日の酒場は結構賑わっていたのに」

「グアー」

「ほら、見て下さいベル。村の中なのに結構野生動物達がいる。僕らの住んでいた村もかなりの田舎でしたけど、ここも負けず劣らずですね」

「グゥーア」

「のどか、と言えば聞こえはいいですけどね」

「グァグァ」

「ねぇ、ベル。実際のところ、ドラゴンって人間食べたりするんですか?」

「…………」

「… 今日も、良い天気ですね」

「グアッ」


 どこまでも澄み渡る青空の下、一人と一匹は村を巡る。

 と、丁度そんな時、セツリにとって見覚えの有る黒の外套が視界に入った。

 

 通算で三度目。

 昨日の昼、夜、そして今。その姿を間違えるはずも無い。


「あれは… カエデさん?」 

 ああ、そう言えばまだ暫くはこの村に居るって言ってたっけ。あの人、カンナさんとは違った方向でキャラが強いからなぁ。例えるならば、一度関わってしまうと、何か面倒事に無理やり巻き込まれそうな。セツリがそんな事を考えていたその瞬間、目の前の彼女が《思わぬ行動》に出る。


 彼女の足元には、1匹の小さな野生動物の仔。

 それは遠目でも分かる程に、既に虫の息だった。呼吸は弱く、その身体は小刻みに震え時折四肢を痙攣させている。


 だが、セツリにとって何より衝撃的だったのは、そんな死に逝く野生動物の姿でも、カエデがそんな動物に自らの黒剣を今にも振り下ろそうとしている事でも無く、彼女の、カエデのこれまで見せたこともないような冷たく無機質な表情だった。

 そこには憂いも同情も悲しみも存在せず。在るのは、ただただ機械的に反応してしまった身体と、相応のソレを拒否した無の感情。


 気がつくとセツリは、走っていた。いつかと同じように、身体が動いてしまっていた。

 とはいえ、基本的に運動能力の低いセツリ。

 だからこそ、彼女の振り下ろす刃からタッチの差で動物の仔をその黒の刃から助ける事が出来たのは、正に運が良かったとしか言いようがなかった。


「あなた… やっぱりただの馬鹿ですのっ!? いきなり現れて、そんなにカエデちゃんに切り殺されたいのかっ!!」


 元々赤いその目を更に紅くさせ、カエデは部外者を鋭く睨みつける。

 が、セツリを護るようにしてベルがその間に入り、カエデに牙を剥き低く唸り声を上げる。

 セツリに間一髪助けられた動物の仔は、彼の腕の中でぶるぶると小刻みに震えている。当然、今のシーンが恐怖だったからではない。《総てのは原因》は、仔の額で不気味にその存在を主張する3つの黒の星にあった。


 だからこそ彼は、後先も考えず、無鉄砲に、手段も選ばず動いてしまった。そう、なぜなら彼は… 解呪師だから。


「僕は、あなたに対して何も意見しない。きっとあなたの中にもあなたの中の正義があり、ルールがあり、どうすることも出来ない、他人には変えがたい何かがあるのでしょう」

 そう言いながら、セツリは自らの片手の黒革の手袋を外していく。

「昔、僕にとって大切だった人が教えてくれました。呪いを抱えたまま死んでいったものは、天国にも地獄にもいけないんだと…… きっとそれは、人間も動物も同じ。だからこそ、あなたはただそこで見ていてください。僕の正義、僕のやり方を。解呪師の覚悟ってやつを、示して見せます」

「解呪師の、覚悟…」


 セツリは構えた片腕に力を込め、その呪いの解呪を開始する。



 凍える。


 身体が、心が凍えていく。自らの感覚が意識が徐々に薄れていくのが分かる。

 全身が震え、意識が遠のく。そして、自らの意思とは関係なく瞼が落ちはじめる。


 駄目だ。震えるな、凍えるな。眠るんじゃない。

 ここで眠ったら総てが終わる。僕の意思も、誰かの想いも。

 

 僕は自分の中の正義について考えた。

 神父様から託された想い。僕の中で介在し始めた正義。旅を通じて変わっていった価値観。

 今はまだ、突っ走る事でしか主張する事の出来ない、脆く、不定形で、そして熱い《何か》。

 人間だろうと動物だろうと、例え幻獣だろうと、関係ない。僕は、僕に出来ることを出来る方法で実践していくだけ。


 きっとこの先僕は、この何かに対して想い、悩み、壁にぶち当たり、総てを投げ出してしまいそうになる事もあるだろう。

 けれど、それは恐らく間違っていない。

 旅を通じて、多くの想いに触れ、覚悟に触れ、考え方に触れ。

 そうやって僕の中の《何か》は形を作っていく。作っては壊れ、作っては壊れ、そうやって少しずつ、だけど確実に、形成されていく。


 だからこそ僕は、僕の《覚悟》を見せ付けなければならない。他人の意思を砕く為ではなく、否定する為でもなく、自らの成長のために。


 この、僕の中の熱い《何か》のために。



 僕はかざした左腕に向かい、一気に力を込めた。



 やがて、動物の仔の中の「呪い」が、セツリの中へと流れ込んでいく。

 時間にしてみれば僅か3分足らずの出来ごと。

 しかし、セツリにとっては永遠の孤独を味わったかのような3分間。



 セツリの手が、動物の仔から離れるとともに、その額からは黒の星が跡形も無く消え去る。



「これが、僕の、僕に出来る、たった一つの、やり方です、から」

 瞬間、セツリの身体が大きくグラリと揺れる。

「このおまぬけちゃん!! って、ちょ、ちょっと大丈夫ですの!?」

「あはは。実は、あんまり大丈夫じゃないっぽいです。非常にカッコ悪くて恐縮ですが、すみませんカエデさん、宿までつれてってもらえますか? なんて」


END

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