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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第四解 「剣響。少女と刃と探し物」
27/107

4-4


「ふん。とにかく、一応お礼だけは言っておくわ。とんだお節介をどうもありがとう。それと… このカエデちゃんの不可侵にして神聖なるお口に下賎な指をぶちこんで嬲り倒すという無礼が《たったのそれだけ》で済んだ事、有難く思いなさい。このお馬鹿ちゃん」

「にゅふふふ。良かった良かった。私、セツリがうっかり言葉に出来ないような変態的な何かに目覚めちゃったのかと」


 件のセツリは、赤く腫れ上がった頬をさすりながら、呪詛のように言葉を繰り返しただただ一点に虚空を見つめる。

「……… 失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した。失敗した」

 残念ながら、いつものポ-カーフェイスは、見る影もない。


「いきなり舌を引っ張られた時は思わず、切り殺してやろうか、この変態ちゃん!! と思ったのよ。良かったわね、カエデちゃんの心がとーーーっても広くて」

 そう言って実に愉しそうに笑う、自らをカエデと名乗る白髪の少女は、目の前に並べられた料理に手をつけ始める。

 その見た目とその性格には、空と海よりも深い乖離があるようだった。

「でもさでもさぁ、剣士ちゃん呪われてたんだねぇ」

「… 俗に言うサイレントの呪いですよ。周囲の音が聞こえなくなるとともに、自らも音を発せ無くなる呪い」

 未だ苦悶の表情を浮かべるセツリだったものの、解呪師の意地か、はたまた彼の性格故か、カンナのそんな言葉を受け律儀にもすかさず解説を入れる。

「ほへぇー。あっ、だからあの昼の時ノーリアクションだったのかぁ」

「だからこそ、音も無く現れ、音も無く切って、音も無く去って行ったわけですね。言葉通り文字通り」

 二人が言葉を交わす間、それを意に介さず一心不乱に目の前の料理を食べ続ける剣士の少女。

 カンナは、そんな様子をじぃーっと見つめた後ぽつりともらす。

「でもさぁ、それって考えようによっては悪用も出来そうだよねぇ」

「それがそうでもないんです。実はこの呪いの一番恐ろしいところは、口が使用出来なくなるという副産物的作用にあります。そこに至る仕組みは一言では説明出来ませんが、確かに言葉を発する事も当然ながら音を立てることに当たりますからね。この辺りの偏屈さ容赦なさ強引さが、呪いの呪いたる由縁とでも言いましょうか」

 口を使用できないということは、つまり生命活動に必要な食事も栄養素も水分も摂る事がままならないという事。時と場合によっては、やはり死に至る呪いだという事実に違いは無かった。

「うげっ。なにそれこわい。えげつない」

「ええ。とは言え、今回の呪いはサイレントの中でもその効力が半日に満たない短いタイプの呪いで、《レベル1》でしたから。僕の見たところ、放っておいても後数時間もすれば自然に消えてましたよ」


 事実として、これまでの呪いと異なり今回のケースにおいては、セツリは彼女の舌にほんの数秒触れただけでその呪いを解呪してしまった。

 果たしてそれは、元々消えかかったレベル1の呪いだった為か、はたまた或いは…。


「でもさぁー、やっぱりセツリってば最近ちょっと無鉄砲になってきたよね。ほら、村長さんの家に押し入ったり、ドラゴン相手にしたり。それに今回だって。もう少しやり方を選びましょうねー、セツリ。君ってば普段クールぶってるけど、意外と熱血ヤローなんだからさ」

「くっ。まさかカンナさんに窘められる日が来るとは… 今回、予想が外れてたらカンナさん置いて速攻逃げようと思っていたのに」

「相変らず容赦ないな君は」


 ゲェーッぷっ☆


 大量の料理を黙々と一人で食べ尽くしてしまったカエデが、一際大きなゲップを恥ずかしげも無く発する。

 己のライフラインの維持という極限状態と比べてしまえば、乙女の矜持などという高尚なものはその意味をなさないに等しい、ものらしい。つまり、このゲップも今の彼女にとっては、とるに足らない些細なこと。なのかもしれない。

 最も、この場において誰も彼女の素性を知る者がいない以上、元々これが彼女の素の性格だと言い切れないわけではないのだが。


「ご馳走様。やはり良いものね、気兼ねなく食べられるというのは。うん。それと、さっきはぶん殴って悪かったわね。お腹が空いてたからついイライラしちゃって。分かるでしょ?」

「神父様にも殴られた事ないのに…」

 ビンタやぶつ、というよりは殴るという表現が正しい彼女のソレは、セツリの心に思いのほか深い傷跡を残してしまったらしい。

「剣士ちゃんさぁ、あんたはあんたでイメージ崩しすぎでしょ。ってか食べ過ぎでしょ。昼間の時はあんなにカッコイイ剣士だったのに。ギャップか? ギャップ萌えか?」

「ふん。知らないわよそんなの。それにカエデちゃん、剣士じゃないもの」

「えぇー? 嘘だぁ。だって、剣使ってたじゃん。現に今も持ってるじゃん」

「ふふん。そんなに知りたい? カエデちゃんの正体。だったら… お願いしますカエデちゃん様、このおまぬけちゃんにどうか教えてくださいませませ。でしょ?」

「… セツリー、そろそろ宿探そっか。流石にもうネムネムだよ」

 ですね。と、カンナの意見に追従し立ち上がったセツリ。

 外の景色は、ほのかに白ずみはじめてきていた。丑三つ時どころか、そろそろ日の出の時刻を迎えようとしている。


「わぁーー駄目駄目っ!! 嘘よ嘘。だから待って、待ってよ早とちりちゃん。ここで会ったのも何かの縁じゃない! 実は、二人に見てもらいたいものがあるのっ!」

 そう言って、カエデは慌ててあるものをテーブルの上へと置く。


「コイツを見てちょうだいな。コイツをどう思う?」

「こ、これは。凄く… 黒いです。にゃはは、これって剣士ちゃんの腹の中くらい黒そうだよ」

「まだ酔ってるんですかあなた達は。で? この《剣》がどうしたんですか? カエデさん」

 テーブルに置かれた剣は、刀身が細く長くそして漆黒の様に黒い。紛れも無くカエデが昼間の戦闘の際に使用していた代物だった。

「実はカエデちゃん、ある物を探してずっと旅してるの」

「ある物? 当然、この剣に関するものですよね? 何というかこれ、あまり良くないオーラを纏っているよに見えますが」

「…」

「よ、良くないオーラって何かな、セツリ。スピリチュアル的な何かかな? ゆ、幽霊的な何かかな?」

 剣。わざわざそれに布切れを巻いて携帯しているという事実。そのたった二つのヒントだけで、セツリが解を導く事は、それほど難しい話では無かった。 

「《鞘》でしょうか」

「ご名答、やるじゃない。酷い変態ちゃんの癖して。まっ、いいわ。それでね? カエデちゃん、この剣《under7》の鞘を探して旅をしている。そんな時、この辺りは盗賊の類が多いと聞いたの。そいつらを片っ端から絞めていれば何か手掛かりが掴めるかと思ったのよね。うん」

「なーるほどねー。だからあの時も、私達襲ってきた野盗を勝手に蹴散らしてくれちゃったってわけか」

「あれは単なる腹いせ。急に喋れなくなっちゃった腹いせよ。まさか食事まで摂れなくなるとは思わなかったんだもの。この剣と旅してると、そりゃもう大変なのよ。色々と」

「腹いせかよっ! ちょっとちょっと聴きました? セツリくぅーん。世の中には本当、恐ろしい女もいるもんだねぇ」

「あなたがそれを言いますか。それより、今の言葉少し引っかかりますね。この剣、もしかして…」

「呪われてんの!?」

「いえ。それはありませんよカンナさん。呪いは、あくまで生きとし生けるものにふりかかる自然現象ですから」 

 

 とはいえ、まるきり無関係とは断言出来ない何かがある。

 セツリは、そんな微かな呪いの残滓をこの剣の放つ禍々しいオーラから感じ取っていた。


「そーいえばあなた、一応解呪師でしたわね。この剣の鞘について、何か知らないかしら?」

「見習いですけどね。残念ながら何も」

「やっぱりおまぬけちゃんね。まっ、しょうがないわ。カエデちゃん、もう暫くこの街にいるつもりよ。あなたたちが何か掴んだら是非教えて頂戴。うん。そしてもう一つ…」


 カエデは表情を一変させ、先刻自らの目の前の料理を睨んでいた際見せた鬼の形相を浮かべ、二人に問う。


「こっ、ここの代金、貸して頂戴な。ね?」


END

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