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その真偽の程はともかくとして、見た目だけならば子供と女性とペットによる旅行者小集団。
時間停止の呪いにより、少年の姿で成長の止まったままのセツリと、一見とてもじゃないが凄腕の魔法使いには見えないカンナと、極め付けにドラゴン種の中でも特に珍しい白龍の子供であるベルに至っては、そもそもそんな幻獣が人に懐くはずが無い、こんなところにいるはずが無いという先入観と相まって、幸か不幸かペットか遣い魔程度にしか見られないという現実。
そんな見た目の二人と一匹のパーティ。だからこそ旅を続ける上で、道中こんな事態に巻き込まれるのはある種の必然だったとさえ言える。言わば、格好の的格好の餌食、である。
「死にたくなけりゃ、金めのモンはぜぇーんぶ置いてきなッ!」
盗賊。夜盗。強盗。
二人に襲い掛かる試練は、何も呪いや幻獣の類だけでは済まされないのも、この世界における理の一つ。
「この辺りは比較的治安が良いほうだと思っていたのですが… すみませんカンナさん。ルートの選択を誤ったかもしれません」
「やれやれだぜぃ。それってセツリが謝るよーな事じゃないでしょ? だってさ悪いのは、ひゃくぱあああああああ、こいつらなんだからねぇ。そ・れ・に。セツリを護るのは私の仕事だって、いっつも言ってるでしょ? 私は有限実行の女なのです」
額に青筋を立てながら、満面の笑みを浮かべるカンナ。その目の奥には深淵の常闇が広がっている。
「カンナさんが、哂ってる… あーあ。ご愁傷様」
懐から杖を取り出したカンナと、その殺人的に鋭い牙を剥き出し、低い唸り声を上げ明確な敵意を見せるベル。
一触即発状態。
野盗の数は全部で5人。元々少数の一派なのか、はたまたセツリ一行が過小評価され舐められた結果なのか。
実際、この程度の人数差であれば、戦力外のセツリを差し引いたとしても全く問題ないほどの戦闘能力が、一人と一匹には備わっていた。少なくとも、野盗達が既に地獄の一丁目に片足を突っ込んでしまっている程度には。
… だが、それを後悔する暇も無く賊達は一人残らず地面へと伏す事となる。
突如として現れた、たった一人の黒衣の剣士によって。
荒野に舞う黒色の風が、蝶のように舞い、蜂のように刺す。
音も無く、音も無く。
一撃必中。賊達は成す総べなくたった一撃ずつで揃って沈んでいく。
その一連の動作を目の前で見せ付けられたセツリは、ある種の美しさと感動の念さえ抱いたほどだった。だが、そんな事態に納得のいかない人物が一人。
「ぽかーん。どういうこと? 誰? ってか私の見せ場がー!」
「もってかれちゃいましたね。目にも止まらぬ早業でした。でも、むしろあれは、早業というより…」
黒のフード付き外套を身に纏うその剣士は、セツリとカンナの視線を全く意に介さず、その剣に付着した血潮を払う為に刃を一振りした後、鞘に収める代わりに厳重に布切れを巻いていく。
活躍の場を奪われたカンナが、収まりのつかないその怒りの矛先を件の剣士へと向けるのに、そう時間はかからなかった。
「むっきぃいい。どこから現れやがったコンニャロー。あんな盗賊風情なんて、この私の手に掛かればちょちょいのちょいだったんだ!」
「―」
「ってリアクションもなしかよぅ! 無視すんなよ! 私を無視していいのはセツリだけなんだぞ!」
剣士は、カンナの言動をあからさまに無視し、尚も作業を続ける。吸い込まれそうな黒の刀身を持つその刀は、どこか不安定で不気味な雰囲気を醸しだしている。
「大人気ないですよカンナさん。結果的に僕らは助けてもらったわけですから、ここはお礼を言うのが筋というもの。文句なんてもってのほかです」
そんなセリフとともに、剣士に対しペコりと頭を下げるセツリ。
「どこのどなたかは存じませんが、ありがとうございました。お陰で助かりました」
… 主に、盗賊たちが。
最後にぽつりとそう呟いたセツリのセリフを、カンナは聞き逃しはしなかった。
盗賊たちは揃いも揃って伸びてしまっているものの、当然死んだわけではない。むしろたったの一撃を加えられただけでこんな芸当が出来るという事実は、剣士としての彼女の技術力の高さを如実に物語っていた。勿論、カンナとベルの二人の手に掛かっていれば、彼らがどうなっていたか。それは血を見るよりも明らかな事。
「まぁ、目の前で惨劇を起こされるよりはマシって話ですよ」
作業を終えた剣士はそのフードをはだけ、頭を下げるセツリに対してその顔を向ける。
黒の外套に相反する白の翼… ではなく、風にたなびく純白の長髪。二人を見据える紅の瞳。陶磁器のように白く透き通った肌。その外見は、明らかにカンナより年下の少女のそれだった。
「にゃにぃ~、女!?」
「カンナさん、少しは落ち着いてください。ベルなんて既に昼寝モードに突入してますよ」
「うぉいベルぅ! 裏切りもの!」
「―――」
何を語るでもなく、女剣士は再びフードを身に纏い颯爽とその場を去ってしまう。
「また無視かよっ! リアクションプリーズ! ってかもう居ないし。どこいった泥棒猫! … あふぅ。何だかツッコミ疲れちった」
「でしょうね、大人気なくはしゃぐからですよ。でも、本当にあっという間に現れてあっという間に去って行ってしまった」
「ぐぬぬ。解せぬ」
「旅をしていれば、道中こんな事もありますよ」
もう二度と会う事もないでしょうが。ぽつりとそう呟いたセツリ一行は、再び針路を王都へと向ける。
END