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第四解 「剣響。少女と刃と探し物」
トライアの森にて白竜の「ベル」を仲間にし、尚も続く二人の旅。
そんな二人の目指す王都はまだ遠く、今はただ、歩き続けるのみ。
◆
満点の星空の下、焚き火の炎と無数の星々だけが二人と一匹を照らしている。
辺りはすっかり暗闇に覆われ、静寂だけが二人を包む空間を支配していた。
そんな静寂を最初に破ったのは、やはりカンナその人だった。
「ねぇセツリ、ドラゴンってさ… 何食べるのかな?」
セツリは焚き火に薪をくべる作業を中断し、隣で規則的に寝息を立てているベルを見つめながら答えた。
「人… とか言わせたいんですか? それに、その手の話は僕よりカンナさんのほうが遥かに詳しいじゃないですか」
「んー、まぁね。でも書物を読んで得た知識と実際の体験から得た知識ってのは、その質が全く違うものなのだよ? セツリ君」
「そうですか。ならば、今のところは僕が与えた果物や野生動物の肉なんかですね。実際、人間なんて骨と筋ばかりで食べられる部位も少なそうですし。そもそも僕らなんて食べても美味しくなさそうじゃないですか。僕はほら、見ての通りのチビ人間ですし、カンナさんはカンナさんで余計な脂肪がついていないというか、残念な板というか、むしろ不味そうというか」
「さりげなく酷いな君は」
「まぁ、この数日少なくともベルが人を食べてるところはまだ見てないって話ですよ。あくまで今のところは、ですが」
そんな言葉に対し、カンナは何も言わず何も答えず、ただただ夜空に浮かぶ星々を見上げていた。
セツリも彼女に倣うように夜の星を見上げながら、ぽつりと言葉を漏らす。
「すみません。話題をふられたとはいえ、食事中に話すような事じゃ無かったですね… それと、カンナさん。僕が何を言いたいか分かりますよね? 一体、いつまでそうしているつもりですか?」
そう言いながら、セツリは彼らから少し離れたところに一人ぽつんと座るカンナを見つめた。
「うぅ、分かってるよぅ。やっぱりいぢわるだなーセツリは」
二人が離れて座っている理由。カンナがわざわざ距離をとっている理由。それは。
「だって怖いもんは怖いんだもん。幾ら子供とはいえ、ドラゴンだよ? 幻獣だよ? むしろセツリのその反応が可笑しいんだよぅ! 何馴染んでんだよぅ!」
「何言ってるんですかカンナさん。そもそもカンナさんだって最初はベルに対して普通に接してたじゃないですか。それに、カンナさんがベルの名付け親何ですからね。しっかりしてください」
「あ、あの時はなんていうか、私も必死だったし」
ベルを旅の仲間にしてからの数日間、カンナはベルから一定の距離を置き、その警戒態勢を解除する事は無かった。特に夜はといえば、まだ幼竜なためか、辺りが暗くなる頃には早々に寝てしまうベルに対してより一層の警戒心を抱いていた。
理屈の程は明らかではないものの、どうやら彼女の中でドラゴンという存在は、夜になると人間を捕食するものだという頑なな先入観が有るようだった。
それならばいっその事、もっと離れた位置で我関せずを決め込めばいいものの、そんな危険な相手だからこそセツリと一緒にさせておけない、何が起こるかわからないという彼女の一念が、彼女にこの微妙な距離感と連日の徹夜を強いていたのだった。
「そんな顔しないでください。カンナさんが考えてる事も良く分かりますけど、多分大丈夫だと思いますよ。それに、このままじゃカンナさんが倒れてしまいかねない。僕としてはそちらの方がよほど心配です」
そう言って隣で眠るベルの頭を軽く撫でるセツリ。
「むー。その大丈夫だって言う根拠は何なんだよぅ」
「根拠なんてありません。強いてあげるならば、感。僕の直感ですよ」
「か、かん?」
「ええ。少なくとも、カンナさんよりは鋭いと自負してますから」
そんなセツリのセリフに対し、一瞬だけきょとんとした顔を見せたものの、すぐさまその顔を満面の笑みへと変えるカンナ。
「ぷっ。くっくくく、にゅっふっふふふふふふふ。感かぁ、そっかぁ。セツリも言うようになったねー。おねーさん嬉しいぜ」
ひとしきり笑い何かが吹っ切れたためか、カンナはいそいそと彼に近寄りその隣を陣取った。
いつもの距離。いつもの指定席。いつもの二人。
炎を囲んだ二人の笑い声だけが、闇の世界を満たしていた。
END