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「いやいやいや、今回の働き、実にご苦労でしたね。まさか本当にお二方だけでドラゴンの呪いを解呪してしまうとは、ワタクシ、正直驚嘆致しましたヨ」
二人の前に突如として姿を現した黒服の集団。その中でもリーダー格と思われる長身の男が、二人に近づいていく。
「あなたがセツリ=ブラックハートさんデスかな? ほほぅ、手のひらに白い不幸の星。クフフフ… どうやら噂通りのようデスね」
セツリは素早く手袋を装着しながら、黒服の男を警戒するように一瞥。
「何者ですか? それに何故僕の名を?」
オーバーリアクション気味に両手を挙げ、男が語る。
「おーっとっと、これは失礼。ワタクシとしたことが少々無礼でしたね。クフフ、ワタクシ、こういうものデス」
そう言って一枚の名刺をセツリに手渡す男。
「WUOのアラヤ=パープルハットと申します、以後お見知りおきを」
「… WUO?」
「《世界アンロック機構》ま、簡単に言えば、《反解呪団体》とでも申しましょうか。… つまり、あなた達解呪師の敵デスヨ」
今まで黙って二人のやりとりを聞いていたカンナが訝しげに口を挟む。
「むー、それ聞いた事あるかも。解呪を神に歯向かう背徳行為だって勝手に決め付けて、解呪師達を目の敵にしてるとかってゆー、何かと黒い噂が耐えないあやしー団体だよ」
「色々と語弊が有るようデスが、一先ず説明ご苦労様でした。クフフフ、それにしても怪しい団体デスかっ。そうデスかっ」
「あやしーわよ、充分あやしーわよ。はっ! まさかセツリを消しに来たんじゃ!」
アラヤと名乗る怪しい男に対し、猛然と食って掛かるカンナ。
そんな中、一方のセツリは冷静に状況を整理するため黙って二人のやりとりを見守る。
「穏やかではありませんねぇ。その上、思い上がりも甚だしい。そもそも、そちらのセツリさんは正式な解呪師ですらないのでしょう? ご安心を。今回はただ単に挨拶に伺っただけデスから。ぶっちゃけ、セツリさんの噂の検証と力の真偽の程を確かめに来たというのもありますがネ」
総ては仕組まれたイベント。
そもそもこんな森にドラゴンが居るということ事体、ありえない話だった。
例え居たとしても、あれだけ大きな町の近く、これだけ噂が広がっているならとうの昔に討伐されている可能性が高かった。何らかの処置がなされていても可笑しくは無かった。
つまり、二人はこのWUOなる組織にまんまと嵌められたということになる。
「セツリさん、あなたレベル6の災害を解呪なさったそうデスね? ま、結局村は壊滅してしまったようデスが。それでもあなたが解呪したことには変わりない。… いけませんねぇー、クフフフッ。人間は自然と共存しなければならない。だからこそ、呪いは生きとし生けるもの全てが甘んじて受けなければならないペナルティなのデスよ?」
「… 何故、その事を?」
「クフフフ、ノーコメントデス。先ほども言ったでしょう? ワタクシ達はあなた方にとって敵対すべき存在だと。それに災害レベルを解呪出来る人間は極一部。そんな中でも特にあなたの場合は何やら、その解呪方法… いえ、あなたの存在自体異質だそうデスね」
そう語るアラヤは、ちらりとセツリの右手を盗み見た。
「数ヶ月間はなりを潜めていたようデスが、先日カゴミ村で村長の娘の呪いを解呪した。単刀直入に申し上げましょう、ワタクシ達WUOはあなたを危険視しているのデスよ。今までのどのタイプにも属さない解呪師。大いに危険な存在デス。お察しの通り、このドラゴンは我々が捕らえ、今回の実験に利用したのデス。お陰であなたの力の真偽を知ることが出来た。最も、そのドラゴンがまさかあなた方に懐いてしまうとは思いもよりませんでしたが」
長々と一人語りをするアラヤに対して、痺れを切らしたカンナが思わず叫びだす。
「ムキー、だーかーらー、結局あんた達は何しに来たんだよぅ! 用が無いなら帰れー、しっしっ」
「クフフフッ。おやおやワタクシ、随分嫌われてしまった要デスね。ええ、ええ。勿論帰りますよ? ワタクシも暇では有りませんのでね。では、最後に一つ。これはワタクシからのささやかな忠告デス。我々WUOはあくまで平和的解決を望む集団。争い事は好みません。ま、解呪師も解呪を行わなければただの人。… ワタクシが何を言いたいか、聡明なセツリさんならお分かりですよね? それでは、もう二度と出会わないことを期待しています」
ニヤリと不敵な笑みだけを残し、アラヤと黒服の集団は再び闇夜に紛れて消えていった。
「べーっだ、私たちだって二度と会いたくないもん。こんにゃろー、おとといきやがれー」
セツリは黙って彼らが去っていった方角を見つめていた。その顔に幾つかの思惑の色を浮かべながら。
「解呪を行う事が神を冒涜する行為だなんて、考えた事も無かった。確かに呪いは自然現象であり、総ての存在に対し平等に与えられる枷です。でもそれを解呪することが悪い事だなんて、僕は思いたくない」
「セツリぃー、まさか解呪師辞めちゃうなんて言わないよね? やだやだ、そんなこと言っちゃ絶対やだよ?」
一心に虚空を見つめていたセツリだったが、やがてその視線をカンナとベルに向け朗らかに微笑む。
「解呪師を辞める? 何言ってるんですかカンナさん。そもそも僕はまだ正式な解呪師にすらなってないんですから。まずはそれを目指すのが先決でしょう? それに、他人にどうこう言われようと、僕は解呪を辞めるつもりは有りません。前にも言った通り、僕は僕が何者なのか知りたいんです」
彼の言葉を聴いたカンナは、満面の笑みを浮かべ、勢い良く彼に抱きつく。
「うんうん、そーこなくっちゃねー。あは♪」
「でも、アラヤ達WUOの存在も無視できない。あーやって釘を刺されてしまった以上、次に目立った行動をとれば間違いなく本気で僕らを潰しに来るでしょうね…… あぁ、面倒臭い」
ふむ。と逡巡した後、パタパタとカンナの横を飛んでいたベルに向かって語りかけるセツリ。
「ベル。本来呪いの解けた君は、群れの下へと帰るべきなのかもしれません。でも、もしも僕に対して少しでも恩義を感じてくれているならば、僕が一人前の解呪師になるまででいい、道中、僕らの用心棒になってくれませんか? 君がいてくれたら僕らも心強い」
隣でそのセリフを聞いていたカンナがぽつりと一言。
「うっわ、セツリ。その言い方はずるいよ。ってかセツリのことは私が守るもん… って言おうかと思ったけど、ま、ベルならいいか。ドラゴンだし。私が名付け親だしぃ。何だかんだで愛着がわいちゃったもん」
グワグワと返事を返す代わりに、彼の腕をアマガミするベル。
それは紛れも無くドラゴンにとって最上の愛情表現の一つだった。つまり、この幼き白竜がセツリを主人として認めたと言う事になる。
「よかった。君ならそう言ってくれると思ってました」
そう言って満面の笑みを浮かべるセツリ。
ここに二人と一匹のささやかで奇妙なパーティーが結成された。
彼らはライセンス取得のため王都を目指し、再びその路を歩み始める。
この先二人に待ちうけているもの、それはまだ闇の中。
彼らの進路は、まだ解かれない。
第三解《了》