3-8
狂う。
精神が、魂が狂っていく。自分の正気や意識が薄れていくのが分かる。
徐々に何も考えられなくなっていく。思考が一つの概念に絞られていく。
まずい、自我が保てなくなりそうだ。
狂化とはすなわち単純化。
考える事を辞めてしまったら、そこに勝機はあり得ない。
どんな時でも思考を停止させてはいけない。
僕は自分に与えられた白い星の能力と呪いについて考えた。
呪いは人間に限らず、この世界に存在するすべての「もの」に等しく与えられる。
僕も神父様も、これまで呪いに掛かった動物たちを解呪したこともあった。
それに、もとより無免許の異能な解呪師の僕にとっては、この力をドラゴンに使うことに対してためらいがなかった。
万物に対して等しく与えられるのが呪いなら、僕も万物に対して等しく呪いを解呪していきたい。
その決断は僕を奮い立たせ、精神を正常に保つことが出来た。
そして、僕はこのドラゴンの事を考えた。
当然、動物や幻獣は人間と異なり呪いを解くすべを持っていない。
人間より自然側に近い存在である彼らにとって、もとより呪いを解くという発想自体持ち合わせていないのだ。
だからこそ、例え幻獣と言えども、その進化の過程において呪いに対する免疫や解呪の力を持ち合わせるという種は産まれてこなかった。
人間だけが唯一、この自然に反抗するかのように対抗するかのように解呪という概念を生みだした。
きっと、このドラゴンもある日突然呪いを発症し、その群れ、テリトリーを追いだされたのだろう。
まだ子供であるこの白いドラゴンは、なすすべなくこの森へとやってきた。
ドラゴンとはいえまだ子供。どんな思いでこの森を彷徨っていたのか? 僕には痛いほど良く分かった。
だからこそ僕はイメージする、大きく、ドラゴンを力強く包み込むようなイメージ。
人間だけが持ちうる解呪という概念を、技術を、思想を、僕はこの一匹の迷えるドラゴンに向かって全力でぶつけた。
僕はかざした左腕に向かい、一気に力を込めた。
やがて、ドラゴンの中の「呪い」が、セツリの中へと流れ込んでいく。
時間にしてみれば僅か4分足らずの出来ごと。
しかし、セツリにとっては永遠の孤独を味わったかのような4分間。
と、セツリの手がドラゴンから離れた瞬間、ドラゴンは光に包まれやがてその本来の姿を取り戻した。
「わぁ、ちっちゃ。セツリの言った通り、本当に子供だったんだねぇこの子。呪いによって無理やり肉体強化されてたってことかぁ… ってセツリ!?」
解呪に力を使い果たしたあげく意識を失い、ドラゴンに覆いかぶさるようにしてその場に倒れ込むセツリ。
カンナが慌てて彼に駆け寄り、ペチペチとその青白い頬を叩くものの、意識を取り戻す気配は無い。
慌てた彼女は、彼を担ぐと何とか森を抜け出そうと試みる。が、辺りは既に陽が落ち、一面の宵闇が周囲を覆っていた。
ただでさえドラゴンに追いかけられ森の奥深くまで来てしまっていた二人。街に戻るための道など当然分かるはずも無く。
「うぅぅ、うえぇええーん。どうしよう、帰り道が全然分かんないよぉー。セツリも眼を覚ましてくれないし、私の魔力もさっきので尽きちゃったし、どうしよう。ねぇ、どうすればいいのセツリ?」
彼からの返答は無く、夜の森は怪しく音を立てる。
粗野で原始的な夜の顔を覗かせる深き森と、同じくその顔を青く暗く染めるカンナ。
と、そんな時、今にも泣き出しそうなカンナの顔を、ペロペロと舐める白き生物が一匹。
件の幻獣。事の元凶。幼竜である。
「うっひゃーーーー。な、な、な、な、何事? って何だ、さっきのドラゴンちゃんか」
幼体とは言えドラゴン。本来なら人間に懐く事はまずあり得ない事だが、このドラゴンに至っては人間に対する、二人に対する警戒心がまるでないようにさえ感じられた。
そんな様子を感じ取ったカンナは、猫の手を借りる勢いでドラゴンに語りかける。
「ねぇ、ドラゴンちゃん。あなたは群れを追いだされてからずっとこの森に居たんでしょ? 町に帰るためにはどっちにいったらいいか知らないかい? ほら、あなたの呪いを解いたセツリが力を使い果たしてばたんきゅーしちゃったの」
グァと短く鳴き声を上げたドラゴンは、パタパタと彼女の周りを一周し、ついてこいと言わんばかりに出口へと先行した。
「え? 嘘? 本当に!? やったー。セツリ待っててね、もうすぐ町に戻れるから!」
◆
「…… ここは?」
カンナに背負われていたセツリがようやく目を覚ました。ドラゴンの呪いを解呪してから、既に1時間が経過しての事である。
「あ、よかったー。セツリ、目が覚めたんだね?」
「お蔭様で。あー、すみませんカンナさん。この様子から察するに、またご迷惑を掛けてしまったようですね」
「んー、いつもの事でしょう? 気にすんなよ。それと、もうすぐ森を抜けられそうだぜぃ」
改めて辺りを見回すセツリ。辺りは宵の闇に染まっていたものの、そんな中にあっても一際白く輝く浮遊生物に目が留まる。
「え? ドラゴン? カンナさん、これって今どう言う状況なんです?」
「にゅふふふ、簡単だよぅ。帰り道が分からなくなっちゃって困ってたらさぁ、このベルちゃんが森の外まで案内してくれるって言ってくれたんだ」
「はぁ、そうですか。と言うかベルちゃん?」
「このドラゴンちゃんの名前だよ。バーサーカー、つまりベルセルクね。ベルセルクだからベルちゃん。どう? いい名前でしょ?」
「由来は最低ですけど、カンナさんにしては悪くないネーミングですね。とどのつまり、ベルを助けたつもりが、こうして現在進行形で助けられている、と」
またもやグァと短く返事をしたベルと名づけられた白竜は、嬉しそうにペロペロと彼の顔を舐めあげた後、再び自ら先行し森を突き進んだ。
それから数分。何とか森を抜け出る事に成功した二人と一匹。
「やっほーーーい。抜けたーーーー無事生還したぜーーーい。ありがとねベルちゃん。ちゅっちゅ」
そう言って幼竜に抱きつくカンナ。
カンナの背中から降りたセツリが、安堵のあまり思わずその場に座り込む。
「はぁ、疲れた。今回は流石に無茶が過ぎました。僕としたことが、カンナさんに背負われる事になるなんて。毎度の事ながら全く情けない限りです」
「にゅふふ、おねーさんの偉大さを思い知ったかい?」
「はいまぁ、多少は。それとベル、ありがとう、君のおかげで助かりました」
そう言ってベルの頭を撫でるセツリ。目を細め気持よさそうに鳴き声を上げるベル。
「くっ、そう言えばベルって何気に雌竜なんだよねぇ。セツリー、私も撫でろよぉー。私、結構頑張ったと思うんだけどなぁ~♪」
このまま大団円で終わるかと思われたその刹那、闇夜に紛れ、とある人物が二人の元へと近づいていた。
END