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「もうっ、仕方ないにゃ。どっちにしろ、このままじゃ逃げられそうもないし。それに、何だかんだでセツリに頼られるってのも気分いいもんねー」
カンナは再び右手に杖を構え一小節の呪文を唱えた後、巨大な水柱を発生させる。続けて彼女は、杖を振り上げると間髪入れず渦巻く水柱をそのままドラゴンへと仕向ける。
「なっはっは! 顔でも洗って眼を覚ますがいい、こんちくしょう」
カンナの魔法は直撃したものの、それでも勢いが留まるどころか未だに疲れの色、その片鱗すら見せないドラゴン。
「うぉコイツマジで全く動じないし。こうなったら」
カンナは再び杖を降り上げ、三度にわけて呪文を唱えた。
尚も荒ぶるドラゴンに向かい、お構いなしに炎の玉・かまいたち・電流を連続で浴びせる。自称天才魔法使いによる数々の魔法によるアプローチは、そのどれもが竜にクリーンヒット。
だがしかし、そしてしかし、それでもその勢い緩めることのない幻獣。
なすすべなく徐々に追い詰められる二人と、本能の赴くまま得物を追いつめる有翼種。果たしてそれは、竜として生物としての完成度故の構図なのか、はたまた凶化という呪い故の図式なのか。
窮鼠猫を噛む。
半ばムキになったカンナは、自身が持ちうる攻撃魔法をこれでもかというほど連発連射連続射出。けたたましい轟音と眩い閃光が深い深い森の奥で次々に炸裂していく。言うなれば小規模な天変地異にも似た光景。その甲斐あって、今度こそドラゴンの勢いを殺すことに成功。その場で倒れ込むドラゴン。
… だがやはり、そんなカンナの猛攻ですら、ほんの一時凌ぎにしかならないという現実。
「うわっはっはっはー… あー… しんどい。しんどいよセツリー」
「いや、あなたが考えなしに魔法連発するからでしょうが。とはいえ、カンナさんが相手してくれていたおかげで、こちらの準備も整いました」
そう言うと、左手の黒皮の手袋を外し、指先に浮かび上がった白の星を露わにするセツリ。
「ここからは僕の出番ですね。カンナさんは僕の後ろに下がっていてください。あ、ほら、もう復活しましたよあのドラゴン。恐らく、呪いの影響で痛みやダメージも感じなくなってるんでしょうね。勿論、蓄積はしてるんでしょうけど」
「う、うん。でもどーすんのさセツリ。あいつまだまだ元気だよ?」
セツリはいつものポーカーフェイスを崩し不敵に微笑むと、ポケットからあるものを取り出した。
「まぁそこで見ていてください。おっと、そうこうするうちに来ますよ?」
カンナの魔法を耐えきり、幾度となく立ち上がったドラゴンは二人の姿を発見するや否や、猪突猛進とばかりに闇雲に向かってきた。
「ぎにゃーーきたきたー。あの白い悪魔の体力は底なしか!!」
5メートル… 4… 3… 2…
白い悪魔。白の狂気。二人にそう呼称された高位生物が眼と鼻の先まで迫ったその刹那、地鳴りのような大きな音を立て、突如としてその下半身がその土中へと埋まった。
「お、落とし穴!? 何とまぁ古典的な」
「カンナさん、口と鼻塞いで!」
穴にはまったドラゴンに向かい、すかさず準備した球形の物体を投げつけるセツリ。物体は、やがて空中にて光を放ちながら、その自身に内包された魔法陣を展開。数刻の後、辺りに白い靄が立ち込めた。
そんな様子を確認した二人は、急いでその場から離脱。
ドラゴンはその意識の手綱を手放し、仮初めの眠りへとその身を堕とす。
「良かった、取り敢えずは第一段階成功といったところです」
「でもセツリ、大型獣狩猟用の落とし穴セットに、睡眠魔法の詰まった魔導玉なんて良く準備してたね? 何だかハンターみたいだったよ。うん」
「カンナさんがグーすか寝ている間に、町で一通り揃えておいたんです。むしろ狂化したとはいえ、元々子供のドラゴンだからこそ、こんな単純な手に引っかかってくれたわけですが」
… と言いますか、カンナさんが単純な補助魔法さえ使えていたら、事はもっと単純に解決出来たんですけどね。そんな言葉が喉まで出かかったものの、それを押し殺すセツリ。
ハードルは高ければ高いほど、その下をくぐりぬけるのもたやすい。つまり単純で強大な力に対し、此方も力で対抗する必要は無いと言う事。
思考が単純化されているということは、それだけ幻術・催眠の類に掛かりやすいと言う側面を持つ。ある意味、カンナにとっては事更相性の悪い相手だったと言わざるを得ない。
では、ここからが本番ですと告げるセツリは、ガーガーと豪快な音を立てて眠るドラゴンの側へとそっと寄り添い、その胸の星に手をあてがうと、その呪いの解呪に取り掛かるのであった。
END