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「本当に、こんな生物が存在するなんて」
彼は、戦うことはおろか、逃げる事も忘れ、目の前に存在するドラゴンと呼称される生物にすっかり魅了されていた。
噂は本当だった。
この森には、確かにドラゴンが存在していた。
本来ならば当初の目的を達成したこの時点で、有無を言わさず逃げるべきだった。
一度町に戻り、正式にドラゴン討伐のためのハンター派遣を要請すべきだった。
しかし、セツリはそうしなかった。
勿論、この状況ではそもそも逃げ切れるかどうか、それすら怪しいところなのだが、彼は… よりにもよって、「あるもの」を発見してしまったのだ。
そう、ドラゴンの白い胸に黒く浮かび上がる4つの黒い星を。
それは紛れもなく不幸の星だった。
呪いは人間だけが掛かるものではない。この世界に存在する生物、いや、この世界に存在するもの全てに等しく顕現する可能性がある。
それがこの世界におけるバランスであり、秩序であり、節理だった。
「レベル4、か」
ドラゴンの呪いはレベル4。
災害クラスでなかった事が、せめて不幸中の幸いだったと言える。
むしろ災害クラスの呪いを持ったドラゴンなど、精鋭ハンターと名解呪師が束になっても太刀打ちできる代物ではない。村や町どころか、国が滅ぶレベルの話なのだ。
セツリはドラゴンの症状を観察する。
何故ドラゴンが人里近くの森に姿を現したのか、それはこの呪いが原因であろうことは明白だった。だとすれば話は早い。人を襲う目的で、この森に姿を現したのでない以上、後はこの呪いさえ解いてやれば勝手に住処に帰っていくはず。それにまだ被害者が出たという話は出ていない。ここで何とか出来れば、ここで解決できれば、僕のこの手で救ってあげる事が出来ればハンターの手にかかることもなくなる。
奇妙な事に、今にも殺されるかもしれない目の前の幻獣に対して、不思議な愛着すら感じているセツリ。
だからこそ、彼は件のドラゴンに対して解呪を試み始める。
が、相手は幻の有翼種。
そう簡単に解呪が行えるはずも無く。近づく事もままならず、観察することも困難。むしろドラゴンにとって排除すべき相手と見定められてしまったセツリは、その巨躯と牙、そして爪を持って有無を言わさず追い立てられる。
当然、解呪どころの話ではない。
一人ではどうにもならないと悟ったセツリは、まずはカンナと合流すべく、敵前逃亡を謀る。
「これは戦略的撤退ですから! 単に策がなく逃げ回っているわけじゃないですから!」
唸り声をあげ、その圧倒的な力で、森の木々をなぎ倒しつつ狂ったようにセツリを追い立てる幻獣。
逃げる。
唯ひたすらに逃げる。
「だ、だめ、だ、僕の、体力が、持たない」
防戦一方どころか勝負にもならず、解呪も出来ず、ひたすらに逃げ回っていた彼にも、やがて体力の限界が近付いてきた。一方のドラゴンに疲労の色は全く見えてこない。
「ど、ドラゴンって初めて、見たけど、皆こんなに、執念深いん、だろうか?」
全身から漂う狂気。ドラゴンという存在を初めて見たセツリからしても、この幻獣が持つただならぬ雰囲気を感じ取らずにはいられなかった。
ただでさえ異質な存在が持つ、ただならぬ存在感。見ているだけで、一たび気を抜いただけで、こちらの理性と意識とその命さえ奪われかねない、そんな圧倒的なプレッシャー。
「…… でも、そろそろ、かな?」
彼がそう呟いた瞬間、足元を小石に掬われて全力で転倒。
元々体力のない彼だったが、走りにくい森の中を全速力で駆け回りその僅かな体力すら根こそぎ持って行かれてしまい、もはや立ち上がる気力すら今のセツリには無かった。
そんな事はお構いなしに彼を追いつめる有翼種の幻獣。その総てを呑みこむべき禍々しい口を開き、どこか悲鳴にも似た唸り声をあげセツリに襲いかかる。
絶体絶命。そんな言葉では事足りない確実な死へのカウントダウン。死神の足音が、確かに彼には聞こえていた。
END