2-7
祭りも終盤に差し掛かった頃、一人の男が村へと姿を現した。
年の頃30後半から40代。聖職者の正装であるローブと胸から下げたロザリオから、男が解呪師であることが窺える。
男は、祭りの賑わいには目もくれず一直線に三人の元へと向かう。
「失礼。あなたがハイライト村長でしょうか? 依頼を受けて参上しました、解呪師カイドウ=フォルスターと申します。到着が遅くなってしまい申し訳御座いません」
「あ… しもうた」
「え? カイドウ… さん?」
「もぐもぐもぐ、セツリー、これ美味しいぞぅ」
三者三様の答えに、少しだけ戸惑うカイドウと名乗る男。
何を隠そうこの男こそ、セツリが旅の最初の目的として会いに行くと決めていた神父の弟子、カイドウその人だった。
「わしとした事がうっかりしておった、娘が助かった事に浮かれ過ぎて、ついついあんたに伝令を送るのを忘れておったわい。こりゃ失敬」
「ほう? つまり、私でない他の誰かが既に御息女の呪いを解呪したということですか? 話を聞いた限り、それほど低レベルの呪いではなかったように思いますが」
セツリはそんな二人の会話に割って入った。
「彼女はレベル4でしたよ、カイドウさん」
「君は、確か…」
「お久しぶりです。セツリ=ブラックハートです」
「あぁ、やはりセツリ君か。懐かしいな。ヤクモ神父の元に居た君か…。すまないな。ヤクモ神父の身にあのような不幸が降りかかったというのに、すぐに駆けつける事が出来なかった」
そう言って深く頭を下げるカイドウ。そんな彼の姿に慌てて答えるセツリ。
「そ、そんな。頭をあげてください。僕も、同じですから。僕も神父様を助ける事が出来なかった、間に合う事が出来なかったんです」
二人が互いに頭を下げあっている中、空気を読まず村長が割って入る。
「なんじゃ、お前ら知り合いだったのか? ならば、解呪師殿を呼んだのもあながち無駄じゃ無かったと言う事か。ガハハハハ。まぁ、積もる話もあるじゃろうし、ここは些か賑やかすぎる。中で話してきたらどうじゃ?」
二人は村長の言葉に同意し、宿場のロビーへとやってきた。
ほぼ全ての住人が祭りへと出はらってしまっているためだろう。表の喧騒とは裏腹に、宿場はしんと静まりかえっていた。
「先程の話… 娘の呪いを解いたのは君か? セツリ君」
「はい。僕が解呪しました。本来ならカイドウさんが来るまで待つ予定だったらしいのですが。この村を訪れた僕が、身勝手な理由と判断で、無理言って解呪させてもらったんです」
「そうか。いや、それ自体は悪くない。むしろ良い判断だったと私は思っているよ。事実、この話を受けた時点で、私が到着するまでの日数を考慮すると本当にギリギリだった。下手をすれば間に合わない可能性も、彼女の体力が持たない可能性も十二分にあった… 君の判断は正しかったよ」
「良かった。それを聞いて安心しました」
「だが、もう一つ気になる事がある。私が君と最初に会った時、君は確か正式なヤクモ神父の弟子では無かった筈。あれから3,4年の月日が経つが… 仮にあの直後に神父の正式な弟子となり、解呪を学んだとしても3年。そんな年月では、せいぜいレベル2、才能があったとしてもレベル3の解呪が限界だろう。にも拘らず、君は見事にレベル4を解呪して見せた」
「……」
そんなカイドウの疑問に対し、沈黙を持って答えとするセツリ。
思いがけず、巡って来たチャンス。多少の戸惑いはあったものの、彼の心は既に決まっていた。
「ふむ。いや、答えにくい質問なら無理に答える必要は無いさ。君が娘の呪いを解いたという事実と、彼女を呪いから救ったという事実。私にとってはそれだけで十分だからね。その質問はあくまで私の個人的興味さ」
「正直に言いますと、実は僕、あなたに会いに行く途中だったんです」
「ほぅ、私に?」
「はい。神父様の弟子であり、実力ある解呪師のあなたなら、僕の力と呪いの事も何か御存知かもしれないと思いまして」
「… 君の、呪い?」
セツリは静かに頷くと、これまで起こった事実を、ゆっくりと彼に話し始めた。
カイドウはその真意を眼鏡の奥に隠したまま、時折頷き、黙って話を聞いた。
「成程。にわかには信じられないが、それならば君がレベル4を解呪したことにも合点がいく。術式無しの解呪能力と、時間停止の呪いか…。面白い。実に面白い。が、すまないね、どうやら私では君の力になれそうにないよ。君の能力と呪いは、どちらも私の知識と経験を軽く凌駕する代物さ」
「そうですか…… 残念です」
「だが、私も解呪師のはしくれ。このまま引き下がるつもりは無いよ。私も微力ながら協力させてもらおう」
「本当ですか? あ、ありがとうございます。カイドウさんにそう言ってもらえると心強い」
「ヤクモ神父亡き今、本来なら私は、君を支えるべき立場に居る大人だからね。気にすることは無い。それはそうと、君はこれからどうする? 私に会う事が最初の旅の目的だったんだろう?」
「はい。思いがけずも叶っちゃいましたが。でもそうですね、取り敢えず旅は続けようと思ってますが」
「が、特に目的地は無い、か。ふむ、そんな君に私から一つ提案がある。セツリ君、君は解呪師としての正式なライセンスを所持していないね?」
「うっ。は、はい。仰る通り、です」
痛い所を突かれ、思わず顔をしかめるセツリ。
そう、彼のロザリオはあくまで神父の形見。彼自身は今も変わらず無免許解呪師だった。
「安心していい。何も、君を糾弾しようというわけじゃないのだからね。勿論、この村にやってきたのが私以外の解呪師だったらどうなっていたかはわからないが。それに、例え君がどんな力をもっていようと、やはりライセンスは必要なのさ。いや、むしろ君のようなものこそライセンスが必要となってくる。ライセンスは、単に解呪師としての身分証明というだけの代物じゃない、君自身を守るものともなる。何より、君の力は国に認められたということになるわけだからね。解呪師という輩は千差万別、その術式も解呪師の数だけ存在する。最も、君のようにその掌のみで解呪を行うタイプの解呪師は… 私も初めて見たがね」
解呪師のライセンスは国家資格。
解呪師を名乗り、生業とするためにはライセンスの取得が義務付けられていた。
またこの資格にはその解呪技術によりランク分けがされている。
初級、中級、上級、そして特級。
ちなみに、彼の持つヤクモ神父の形見のロザリオは中級解呪師を示すものだった。ヤクモ神父の場合、解呪が専門と言うわけでなく、あくまで聖職者の仕事の一環としてこの資格を有していたにすぎない。
一方、ヤクモ神父の弟子ながらも、その卓越した解呪技術により聖職者から解呪師へと鞍替えを行ったカイドウは上級のライセンスを所有していた。
「特に目的がないなら、まずはライセンスの取得を目指すと良い。この先、旅を続けるつもりならあって損は無いものだと思う。それに、そうだな、君の腕なら最初から中級レベルでも問題ない筈」
ライセンスの取得。セツリの旅に新たな目標が生まれた瞬間だった。
「何かあったらまた私を訪ねるといい、微力ながら君の力になろう」
そんな言葉で締めくくられ、二人の会話が終わるころには辺りは一面の闇に包まれていた。
セツリは何度もお礼を言い、その後ろ姿を見送った。セツリにとってまた一人、この世界において心の底から信頼し、頼ることの出来る人間が出来たのだ。
それは彼の旅において大きな収穫でもあり、最大の財産でもあった。
「セツリー、お話はもう終わったの? どうだった、何か分かったかい?」
彼の姿を見つけたカンナが駆け寄りながら質問する。カンナのその表情は、心なしか珍しく緊張感を含んだ様子だった。
「いえ、駄目でした」
「何だー、駄目だったのかよぅ。おねーさんしょんぼり」
「でもカイドウさんが力を貸してくれることになったんです。これだけでも大きな収穫ですよカンナさん。それに、次の目的地が決まりました。王都です」
「うぐっ、お、王都?」
王都、つまりこの世界、この国における首都であり、最大の都市。国王のお膝元である。
「はい。次の目標は、解呪師の中級ライセンス取得です。もう、後回しには出来ない。つまりは、いよいよその時が来たって事です」
「そ、そっか。セツリ、正式な解呪師になるんだね? うん、それ自体はおねーさんも賛成だし、応援するよ?」
そう言いつつも、その表情にどこか影の差すカンナの笑顔。それを知ってか知らずか、セツリは、いつも通りのポーカーフェイスで続ける。
「有難う御座います。と言ってもですね、別に急ぐわけじゃありませんから。辺りの村や街を巡りながらゆっくり向かおうと思ってます。カイドウさんの話によると、試験自体は1年中行っているそうなので。それに、ほらコレ」
そう言って懐から銅のロザリオを取り出す。
「これ、仮の解呪師のライセンスです。本来は弟子の育成のため、実践で経験を積ませるためにその師匠が弟子へと渡す解呪を行うための仮の許可証なのだそうですが、当面の間はこれを使うようにと、カイドウさんに頂いたんです」
「ふーん、馬子にも衣装だねぇ。これがあるとセツリもいっぱしの解呪師として見えるから不思議。でもさー、世間知らずの君がライセンス取得なんて本当に出来るのかにゃ?」
「悔しいですが。これまでの自分を顧みると、とてもじゃないですが言い返せません。… どうせ僕は半端ものですよ、半端ものにさえなれないエセ解呪師ですよ」
カンナのそんな言葉の凶器に胸を抉られ、いつものポーカーフェイスを崩ししょんぼりとうなだれるセツリ。
「うっ。おねーさん、言い過ぎた、かな? ご、ごめんよぉ、元気出してくれよぅ。そんな子犬のような目するなよぅ」
「冗談です」
「うぉーーちくしょーー。セツリの甲斐性なしー」
「仮にも女の子なんですから、うぉーなんて叫び声あげないでください」
そう言ってちょっとだけ背伸びをし、彼女の頭を撫で回すセツリ。
どちらが年上なのか分からなくなるような光景。そんないつもの光景。いつもの二人。
「こ、こんなことで誤魔化される私だと思うにゃよぉ、にゅふふふふ、ごろごろ」
しっかりと誤魔化される駄目な年上だった。
◆
翌日
「結局、長々とお世話になってしまいましたね。どうも有難う御座いました」
そう言って頭を下げる二人。
「何を言う。お礼を言うのはこちらの方じゃろ。娘も助かった、祭りを無事開催できた。お前さん達のおかげじゃよ。それよりも本当に礼はいらんと言うのだな?」
「はい。あくまで、僕らが無理を言ってお願いした事ですし、僕の旅の目的の一つだったカイドウさんにも会う事が出来た。それに、こうやって皆さんの笑顔を取り戻せた事が、僕等にとって一番のお礼です」
「そうか。そこまで言うならこちらも何も言うまいて。うむ。何かあったらまた尋ねるといい、お前さんがたのためなら、村人一同いつでも力になろう」
二人の姿が見えなくなるまで手を振り続けてくれた村人達。
ミヤビに至っては、目を赤くしつつ最後の最後までセツリの手をしっかり握ってなかなか離そうとしなかった。
そんな新たな旅立ちの日。
惜しまれつつも、二人はカゴミ村を後にした。
「一時はどうなる事かと思ったけど、うまくいって良かったね?」
「はい。反省点も多かったですが、得るものも多かった。僕、こうやってカンナさんと旅に出て本当に良かったと思ってます」
真っすぐにカンナを見つめながら、真顔でそう訴えるセツリ。
カンナはそんな彼の行為に耐えきれず、無言のまま彼の頭をバシバシと叩くのだった。
「え? なんで? ちょ、痛い、痛いですってばカンナさん… って、いい加減にしてくださいっ!」
「うわぁーん、セツリが怒ったーーー」
こうして、次の目標を《解呪師中級ライセンス取得》と定めたセツリ一行。
この先二人に待ちうけているもの、それはまだ闇の中。
二人の進路は、まだ解かれない。
第二解 《了》