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巫女を呪いから救い出したセツリとカンナは、村長からの誘いを受け、暫くカゴミ村に逗留する事になった。
元来お祭り騒ぎが好きなカンナは、一度は白紙になった祭りの開催の準備のため、朝から晩まで走り回っていた。
一方セツリはといえば、レベル4の呪いを解呪した事の影響か、単なる旅の疲れによるものか、はたまた村での傷が開いたためか… 再び床に伏していた。
私が看病する!
そう言ってはばからぬカンナだったが、いつも通りのポーカーフェイスできっぱりと断れたことは言うまでも無い。
「レベル4の呪いを一つ解呪しただけでこのありさま。こういうときばかりは、自分のこの体が憎い」
セツリの体は、その呪いのせいで時間が止まってしまっている。
体が今以上に成長することもなければ、髪の毛一本さえ伸びる事も無い。
ただ、今あるものが彼にとっての全てだった。
セツリ自身が悔むように、体力もまた14歳当時のそれから変わる事がなく、内包する魔力の上限量すら今以上に増える事はない。
これまで、彼は自らに科せられたこの呪いについて深く考えようとした事がなかった。
それは自分に対する興味が皆無だったことに始まり、自分の未来や人生、役割、存在意義、在り方を全く度外視していたためでもあった。
自分を助けてくれた、救ってくれた神父に恩返しをする事。
それだけを唯一の目的としてこれまでの人生を歩んできた故の結果であった。
そうやってただひたすらに、盲目的或いは盲信的に生きていくことで、自らの背負った重荷を退けるという一種の防衛本能でもあった。
だが、神父の死を切っ掛けに、自らと向き合うと決意した今の彼にとって、己と向き合うと言う事は、呪いと向き合うという事に他ならない。
自分の事であるにも関わらず自分の知識と判断だけでは、その正確な正体を知ることが出来ない。
そこはかとない苛立ちを覚えながらも、今はただただ自らの体を休める事しか出来ない、そんな現状に彼の苛立ちは募るばかり。
「昨日は結局、丸一日ベッドの上だった。今日は何とか動けるくらい体力が戻ればいいんだけど」
彼がそう呟いた瞬間、部屋のドアから聞きなれない声が聞こえてきた。
「あの、セツリ様、起きてらっしゃいますか? 入ってもよろしいでしょうか?」
カンナと違い、か細く謙虚さを含んだ女性の声。セツリにとって、思い当たる節が無かったわけではない。
「どうぞ。大丈夫です」
「し、し、し、し、失礼します」
セツリの部屋へと入って来た少女、それはセツリがその手で解呪し呪いから救い出した村長の娘だった。
「あ、あのあの、わたし、ミ、ミヤビ=ハイライトと申します。この、この、こ、このたびは助けて下さって、本当に本当にありがとうございました」
そう言って深く深く頭を下げる少女。
「良かった、もうすっかり大丈夫そうですね。折角来て下さったのにこんな姿で申し訳ない」
これじゃ、どちらが患者か分かりませんね。そう言ってベッドの上のセツリがぺこりと頭を下げる。
「いえいえいえいえ、そんなとんでもないです。お話は、お、お伺いしました。そ、そうなった原因の一端は、わた、わたしにもあるんですよね? ね?」
「え? いや、単なる僕の力量不足、体力不足、修行不足のせいです。全ては未熟ゆえの結果ですから。あなたが気にする事じゃない」
「あくまでも御自分の責任だと仰るんですね? わたしの事を想い、そう仰って下さるのですね? あぁ……… 何て素敵な殿方」
「………… はい?」
その聞き慣れないセリフに、思わず思考回路が停止してしまったセツリ。
「その、こ、これは心ばかりの、お、お礼、です」
そう言って自らの唇をそっと近づけていくミヤビ。
30センチ………20センチ……10センチ…
唇がふれあうかと思ったその刹那、部屋の扉が激しく開かれる。
「セッツリー、どーぉ? 元気になったかーい? おねーさんがいなくて寂しくなかったか… い?」
その瞬間、確かに彼にはカンナの動きがスローモーションに見えたという。
「セツリのバっきゃローぉぉぉぉぉおおおおおおーー元気になるにも程があるだろぉぉぉおおおおおおおお」
彼女の拳と、門番に用いた件の魔法と。その身に降りかかるならば、果たしてどちらが「マシ」だろうか?
そんな事を考えながら、セツリは再び眠りの国へと強制送還されたのだった。
◆
それから二日後、準備も整い、カゴミ村神礼祭が開催された。
セツリの体力も動けるまでに回復し、二人は村長の案内で村を廻っていた。
「こうして祭りも無事開催し、セツリ殿も回復なされたようで実に良かった」
「はい。ご迷惑をおかけしました… 一度持ち直したと思ったのですが、不思議な事に何故か急に意識を失ってしまいまして…」
カンナに殴られた前後の記憶がすっぽりと抜け落ち、腑に落ちない様子のセツリ。
そんな彼の様子に、慌てて二人の会話に割って入るカンナ。
「いやー、きっとあれだよ、貧弱虚弱なセツリ君は、旅の疲れがたまってたんじゃないかなぁー」
「ふむ、いかんな。人間体力が資本じゃぞ? それはそうと二人とも、あそこをみなされ。私の愛娘の舞が始まりますぞ」
「わぁあ、可愛い衣装ー。ね、ね、セツリ! 私にあの衣装、似合うと思う?」
「御冗談を。無理でしょ、その年齢じゃ」
「ガハハハハ、その通り。私の愛娘以上にあの巫女装束が似合うものもおりますまいて」
そう言って豪快に笑う村長。その言動から、見た目とは裏腹にかなりの子煩悩であることが窺える。
「いよーっ、可愛いぞーミヤビー、流石我が愛娘だー、ガハハハハハ」
子煩悩というより、溺愛という言葉が似合う村長だった。
END