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村の人々が寝静まった丑三つ時。
村の宿場を抜け出した二人は、再び村長の館へとやってきていた。
「流石にこの時間でも、警備が手薄になることはなさそうですね」
「ほーんと、しかも右のやつなんて昼間のあいつでしょ? 何時間あそこに突っ立ってんだよ! トーテムポールかよぅ!」
「さぁ? 村長によっぽど頼りにされてるのか、或いはただの木偶の坊か」
「むっふっふ。どっちでもいいもんね、この暗闇なら私もやりやすいし、結果は同じことよん♪」
「なるべく穏便にお願いします…… 絶対無理だと思いますけど」
カンナはそのにやけ顔を隠す事もせず、両の掌を開いたり閉じたりした後、懐から杖を取り出し準備を整える。
「んじゃ、行きますか。ごめんねぇー、村の事を思うなら、ちょーっとだけおねんねしててね~」
彼女は一小節の短いスペルを唱え、その杖先が小さな火の玉のような光の球を宿すと、門番二人に向かい発射した。
ギュンギュンと音を立てながら門番に向かって行く光の球。
「ん? 何だこれ… がぺっ」
「おいどうした? こんなとこで寝て… ごぺっ」
ばたりと大の字で倒れこみ、相次いで口からぶくぶくと泡を吐く門番達。
「んー、これで大体1時間くらいは夢の中かな?」
「… 雑だ」
憐みを含んだ表情で、倒れた門番達をまたいで進むセツリ。
「何か言ったかにゃ? セツリ君」
「いえ。有難う御座います、助かりました。でも本当… カンナさんの魔法って大雑把ですよね」
「お、大雑把って何だよぅ。しょーがないじゃん、私、睡眠魔法とかそういうちまちました補助魔法って苦手なんだもん」
まぁ、手加減をしてくれただけでも上出来かもしれない。そんな事を考えながらも、村長宅へと不法侵入するセツリ一行。
ガチャリ
広い屋敷内だが、患者の居る場所を特定するのは簡単だった。この時間でも明りのついている部屋、それを探せばおのずと辿りつける。
セツリとカンナは、音を立てず慎重に光の漏れる部屋を目指す。
「誰だ!」
そして、あっさりと見つかる二人。
そもそもこの二人に隠密行動のおの字も出来るはずもなく。
「お前ら、報告のあった怪しい解呪師一行だな? 何故こんなところにおる、門番は何をやっとるんだ」
私がおねんねさせてやったもんねー、としたり顔でそう言いたげなカンナの口を先んじて塞ぐセツリ。
「勝手に侵入した事についてはお詫びします。でも、どうか僕達の話を聞いてください」
「ならん。門番が伝えたはずじゃ、貴様らなんぞのような流れ者解呪師になど頼らんでも、村長であるわしが直々に高名な解呪師の方に依頼した。貴様らに出る幕などない」
「…… んです」
「なんじゃい?」
「それでは遅いと言ってるんです! あなたは呪いを軽く見過ぎている。何故です? 何故そんな風に考えてしまうんですか?」
セツリが珍しくその言葉を荒らげた。
その様子に驚いたカンナが慌てて間に入る。
完全にいつもとは逆の立ち位置に、止めに入ったカンナさえ、どうしていいのか分からないでいた。
「お、おお、落ち着いてセツリ?」
「まずあなたが落ち着いてくださいカンナさん。それに、僕は至って冷静です!」
「小僧。遅いと言ったな? 娘を診てもいないお前さんに何が分かる? 何故そう言い切れる?」
「…… 僕がそうだったから。かつての僕がそうだったから、そう言ったんです」
そんなセツリの真剣な眼差しと言動を受けて、ギロリと睨みつけながら村長が答える。
「少なくとも、ふざけているわけではなさそうだが」
「そ、そーだよぅ。セツリはいつだって本気なんだから!」
逡巡の後、二人を一瞥し村長はその口を開いた。
「よかろう。その無鉄砲さとお節介さに免じて、娘への面会を許可してやる。そこまで啖呵を切ったんじゃ、お前の実力とやらを見せてもらおうではないか」
それだけを告げると、二人に背中を向け黙って部屋へと向かっていく。
「ごめん、カンナさん。何だか僕らしくなかったですね。そもそもこのやり方自体、僕らしくない。何故でしょうか、自分でも不思議な気分なんです… でも、悪くない」
セツリは震える手を押さえながら、準備のため、自らの黒革の手袋を外していく。
が、震えのせいでうまく外せない。普段の彼からすればあり得ない事態、考えられない行動。
そんな彼の手に、そっと自らの手を重ねるカンナ。
「分かってる。それはきっとセツリが変わったからだよ。それはきっと良い変化。大丈夫、おねーさんがついてるもん、今のセツリはさいきょーだよ」
ぎゅっと彼女の手を握り返した後、彼は村長の娘の待つ部屋へと向かった。
END