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「… 質問しても?」
「構わない。わらわの知っている範囲ならば、答えよう」
「何でも知ってるんじゃにゃかったっけ?」
「風が知ってる限りはね」
淡々とそう答える少女に対し、小さく溜息をつきながらも灰色猫がめげずに続ける。
「本当、便利な言葉だにゃ、それ。色々と言いたい事だらけの状況なんだけどにゃ、そうだにゃぁ、まずはやっぱり… 君の、イスカの正体について、とか。正直言って、どれだけ好条件だろうと、どれだけ切羽詰った状況であろうと。素性の知れない相手と取引、交渉は出来にゃい。当然の事にゃ。それに、ニャニャイロ本人の前ではなく、わざわざにゃーの前に姿を現したっていうのも解せにゃい」
一人と一匹。少女と化猫。
風が吹いている。
どこからともなく、優しい風が。
駆け抜けるような、しなやかな風が。
総てを見透かす、叡智の風が。
風に決まった姿形が無いように、
風に決まった音色が無いように、
風に決まった表情が無いように、
少女の姿が、風へと混ざる。
まるで。最初からそう在ったかのように。
まるで。最初から一心同体であったかのように。
まるで。最初から風そのものであったかのように。
とある姿が、風より出でる。
一人と一人から、一匹と一匹へ。
闇よりも黄金色の瞳。風に揺れる琥珀色の毛並み。ピンと立てる琥珀の尻尾。
現れたるは、《琥珀色の猫》
「……。… わらわは化身。わらわは風を司るもの。イスカ・ケットシー」
「これは… 凄く驚いたにゃ。只者とは思っていにゃかったけど、とんだ大物のお出ましにゃ。というか風の理の頂点に立つべき存在が… よもや猫だったにゃんて」
「化かすのは猫の本文。それに、今やぬしも猫であろうが。同じ猫同士、これで腹を割って話が出来よう」
「にゃはは、それは違いにゃい。でも、これで合点がいったにゃ。五大属性を司る精霊王の内、様々な文献にも唯一、風魔だけは、その姿かたちが記されていにゃかったが。成る程、その見た目を変えられるとすれば、納得にゃ」
「風は決まった形を持たないもの。ぬしのその眼に映るこの姿も、或いは偽りかもしれないわよ?」
琥珀色の猫。唯一変わらないのは、その黄金色の瞳。
対するは灰色の猫。お互いに、一筋縄ではない本質と事情を抱えながら、続くは引く事の無い腹の探り合い。
猫達による、惑星月夜の秘密の会合。
「実際のところ。イスカがどんにゃ大物であろうとも、事、ニャニャイロに関する話とあればこちらも容易には引けにゃい。愛弟子の命運が懸かっているとなれば尚更にゃ。さぁ、続きをどうぞ、猫の王女様」
「うん、今はそれで良い。では、続きだ…… 件の戦争売りの魔女が、あの暑苦しい&むさ苦しい馬鹿炎魔 《ヴァル・ロッグ》を打ち破った事で、自然界の均衡が崩れたのよ。ま、元々粗相を働いて封印されていたような自業自得の馬鹿ではあったがね。本来ならば、わらわ達は維持するだけ、人間に寄与すべきでない存在。だが、その根底たる秩序が掻き乱されてしまっては、いよいよもって、わらわも傍観しているだけというわけにはいかなくなった。魔女は、火蓋を切って見せたの…… いわゆる、宣戦布告ね」
「誰に対しての、何に対しての宣戦布告なのか? なんて、尋ねるのは野暮ってものかにゃ?」
コクリ、と小さく頷いた琥珀色の猫は、静かに言葉を続ける。
「ただし、ぬしらが第三勢力になると言うのならば、それはぬしらにも向けられたものとなる」
「酷い話だにゃ」
「それじゃあこの話、断るのか?」
「当・然!!! ………… 少し、検討するにゃ。勿論、そちらが勝手に話をして勝手に条件を突きつけてきたように、こちらの質問に対しても必ず答えてもらうけどにゃ」
「わらわが誰か知っておきながら、随分と図が高いのね、ホーラク」
「交渉の基本にゃ。例え相手が何者であろうと態度は変えにゃいさ。けど、だからこそ、是が非でも答えてもらうにゃ」
了承の変わりに、コクリと静かに首を縦に振ってみせる琥珀色の猫。そんな動作を見届けた後、灰色猫が追及を開始する。
「まず一つ目。ニャニャイロを助けると言ったけれど、それはどの程度のレベルの話にゃ? 二つ目。第三勢力になれとは、具体的には、一体にゃにをさせるつもりにゃ?」
互いの利害についての、今回の話の最大の核心とも言える疑問にメスを入れるべく、灰色猫は一気にそうまくし立てる。
「お互い、状況が状況にゃ。答えられない。秘密。禁則事項。ノーコメントは無しで頼むにゃ」
「安心しろ。わらわも頂に立つもの。ぬしの気の済むまで答えを与えてやる」
その琥珀色の尻尾を左右に振り乱しながら、イスカがあくまで淡々と冷静に続ける。
END