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ハッキリ言って、この状況はちょっとばかり異常だ。
勿論。傍目から見れば、人語を操る猫だなんて、それこそ一番の異常であるに変わりないが、一先ずそれは捨て置く。
そもそもこの少女は、一体何処から現れた? 恐らく先ほどの町の住人なのだろうが、一体今何時だと思っている? まず年端もいかぬ少女が出歩いて良いような時間ではない。加えて、少女はこんな自分に対して驚くわけでも、年相応の好奇心を剥き出しにするわけでもなく、まるで、そうまるで、品定めでもするかのような視線を向ける。
そして何より。この少女には、まるで人の気配を感じない。全く別の何か、人以外の何かを相手にするような、謎の威圧感と緊張感。只者ではない、何か。
もしかするとこの状況は、思いもよらないとんでもない事態に片足を突っ込んでしまっているのではないか? だとすれば、この後とるべき対処法は?
次々に湧き上がる疑問と、やり場のない焦燥感。
ああ、この手の事は、かつて自分の得意分野であった筈なのに…。
今となっては、こんな体が心底恨めしい。およそ納得出来ない結論しか導く事の出来ない現状に、止まることの無い自己嫌悪。
「わらわ、だなんてさっきから随分と大仰な言葉を使うんだにゃ、イスカは」
「残念ながら子供じゃないわ。御覧なさい、深夜徘徊もお手の物、そう、わらわは立派なれでぃー」
「それはどっちかっていうと不良娘なようにゃ、なんて今はどうでもいいのにゃ! こうなったらもう単刀直入に聞いちゃうけど、イスカ、君は一体何者にゃ? にゃーに何の用があって現れたのかにゃ?」
それでも尚、少女は表情一つ眉一つ動かさない。
ただし、その瞳だけを金色に輝かせながら、少女が無機質に薄く哂う。感情の無い乾いた哂い。さながらそれは、圧倒的優位な立場から放たれる、超越者による含み哂い。
少女は一体何を思う?
自分の事? 自分の過去に関する事? それともまさか…
灰色猫の懸念とも言える予見は、すぐに露見する事となる。無論、目の前に居る件の少女によって、である。
「良く聞け…… ホーラク。ぬしの旅の同行者、七色の修道女を…… 《助けてやる》」
灰色猫の予想の、およそ斜め上を行くその回答。そして、あまりにタイミングの良すぎるその提案に対し、灰色猫はますますその警戒感と不信感を募らせる。
「!? 助ける? そもそもどうして君がニャニャイロのことを。イスカ、君、本当に何者にゃ。場合によっては場合による状況にゃ」
このままでは旅を続ける事すら危ぶまれる現状において、無論、願っても無い話ではあるものの、おいそれと飛びつくわけには当然いかない。
「さあね。だったら、風にでも… 聞いてみれば?」
まるで呼応するかのように、再びの夜風が一人と一匹を優しく撫で上げる。
ざわざわと揺らぎ、その音色を少しずつ変えていく今宵の風。
「混乱するにはまだ早いぞ、灰色の猫ホーラク。わらわの話は… これからが、本番」
「にゃるほど。当然、無条件ってわけにはいかにゃいよにゃ。何を企んでるのかしらにゃいが、いよいよもって話がきな臭くなってきたにゃ」
息苦しい程の闇の中。金色の瞳だけをぎらつかせながら、少女がまるで歌うようにして告げる、今宵の本題。
果たしてそれは、一体誰の運命を左右するものであるのか。少女だけが知る、運命の路線図。
「聞くも聞かぬもぬしの自由。だが、ぬしらが藁をも掴みたい状況なのは知っている。加えて、わらわにはぬしに対する敵意は無い」
「やれやれ。なんでも知ってるんだにゃぁ… 分かった、一先ず聞くにゃ、君の話」
「素直だということは素敵なこと。それに、わらわだって何でも知ってるわけじゃない。知りたい事を風が教えてくれるだけ… 色々とね」
「もう何でもアリだにゃ、それ」
相変わらずその表情は変えず、ただし、口の端を不気味ににやりと歪めながら少女が続ける。
「… わらわからの条件は一つ。ズバリ、ぬしの愛弟子ナナイロ=エコーに《第三勢力》になってもらう事」
「ちょ、ちょっと待つにゃ! 第三勢力? 言っている意味がわからにゃいな」
「違う。ぬしは分からない振りをしているだけ。ぬしは知っているはず。気がついているはず。今、この世界で何が起こっているのか。これから、この世界で何が起ころうとしているのか」
少女のその言葉通り。この時点で既に、灰色猫は、ある種の諦めにも似た感情を抱いていた。抱かずにはいられなかった。
やはりこうなってしまったか。この旅に出た瞬間から、否、本当はそのずっと前から抱いていた懸念。
灰色猫は何も答えない。今はまだ、答えるべき回答を有していないから。
「変遷する呪われし世界。台頭する二つの勢力…… この世界の、この惑星の開錠を使命とする《白星の使者》。そして、現代唯一の惑星魔法の使い手にして秩序の破壊者《戦争売りの魔女》。ぬしらには、それらに並ぶ第三の台風の目になって欲しい」
END