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ノロトキ!  作者: 汐多硫黄
第十四戒 「魔道。焔の咲く丘」
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14-7

「本当に。何とお礼を申し上げてよいのやら」

「ん~? いーよいーよ。お礼なんてさ。むしろこっちがお礼を言いたいくらいだもんね、にゃはは♪」

「?」


 約束通り炎の悪魔を屠った二人は、町長への挨拶を済ませ、早々にファイアウォールの町を後にする。

 炎の壁が消えたことで現れた通路を近道とし、二人は、止まることなく勇往邁進する。



               ◆


 

「それにしても、年増ちゃんにしては珍しかったですわね。自らの手柄を主張することはおろか、そのお礼まで受け取らずに街を後にするだなんて…」

「相変わらずひっどい言い草だなーもぅ。私はそんな傲慢な女じゃありませんー、ほんの少しだけ我侭なだけですぅ~。それにさ、元々この炎壁の跡地を抜ける事で、随分近道になるわけだし。それこそ私達の旅にとっての、私にとっての最大のご褒美でしょ。そ・れ・に、調教のし甲斐のありそーな使い魔もゲットできたしねぇ。にゅふ、にゅふふふふっ。あー、でもさでもさ、名物の温泉くらいには浸かっても良かったかもねー。ほら、埃がたったでしょ?」

 心底機嫌の良さそうなカンナと、もはや突っ込みを挟む気力も無いカエデ。

 魔女という大仰なるその異名の、伊達や酔狂などではないその絶対的な力を目の当たりにし、カエデの精神は揺らぎ続ける。

「まぁ、とは言え。これからあのファイアウォールの住民達の生活が少しでも良くなるのだととすれば、満更悪い事ばかりではなかったのかしら…」

 誰に言うでも無く呟くようにして溜息混じりにそう履き棄てたカエデの言葉を、耳ざとくも聴きつけたカンナが、まるで追い討ちを掛けるようにしてこう宣言する。

「シロウサちゃんさぁ、キミィ、本当にそうなると思う?」

「……… それ、どういう意味かしら」


 本日三度目の嫌な予感。

 カエデは、全身から嫌な汗が流れ出るのを感じながらも、そう尋ねずにはいられなかった。聞きたくない。出来る事ならば、その話の続きは絶対に聞きたくない。


 ― 知らない方がよい事の方が圧倒的に多い世の中。 

 町長の語ったそんな言葉が、彼女の脳裏に想起される。

 きっとこれは警鐘ではなく、既に起こってしまった、ただの事実なのだから。


「最初に断っておくけど。別に、私はあの町の人たちに恨みなんてこれっぽっちも抱いてないからね? ただ…」

「ただ?」

「あの炎の壁には、これまでもそれなりに役割があったってこと。どう? この意味、分かる? シロウサたんには、多分、思い当たる節があるんじゃないかにゃ~ん」

 不敵に微笑む魔女のそんな問いかけに対し、カエデの脳裏に最初に浮かんだ回答。否、想起せずにはいられなかったのは、彼女の故郷の姿。

 闇の巫女と、妖刀を用いた独自の術式。

「このカエデちゃんに思い当たる節…… それってまさか、呪いを遠ざける、すべ」

「はい、カエデ選手だいせいかーい。まっ、恐らくだけどね。それに、うさぎちんの村とは規模が違うよ規模が。私の見立てだと、あの街は元々、魔の類が寄り付きやすいような立地にあるんだよねぇ。勿論呪いに関しても、暗黒の類、アンシリーコートに関してもね。だからこそ、ヴァル・ロッグなんぞに町が襲われたってのもある」

「それで?」

「うん。問題は、手間を掛けてまで、何故あえて封印するという手段を選んだのかってところ。炎の壁っていう不利益をこうむってまで、ね」

「…… まさか。炎が、魔除け」

「そっ。この世界に意味の無い事なんて一つも無いってのが私の持論なの。あの町の先祖達は実に逞しいよね。なんせ、襲撃に来たヴァル・ロッグの力を逆に利用しちゃったんだからさ。多少の制限はあったとしても。多少の不便はあったとしても。あの街は炎のおかげで均衡を保っていた。平和な毎日を送れていた。けど、それで満足しないのが人間。人間の欲には人間の感情には、終わりが無い。果てが無い。あの空の向こうと同じだよん」


 無邪気なまでの満面の笑みを浮かべながら、そう言って天辺を指差してみせるカンナ。

 純真と狂気は紙一重、邪悪にその口元を歪めながら、魔女がケタケタと哂う。


「その気持ちの悪い笑い方、本当、何とかならないものかしら。何だか無性にいらいらしてくる」

「まぁまぁ。それに、これからあの街がどうなっていくかは、あの街の住人達次第。もしかしたら本当に発展を遂げるかもしれないし、周囲に良くないものを呼び込んで壊滅するかもしれないし、魔物だけじゃない、周囲の村や町との均衡が変化する事によって、血生臭い争い事もあるかもしれない。でも、そんなのは私の知ったところじゃない… 利用できるものは何でも利用する。人でも、町でも、何でもね。それが魔女のたしなみ。魔女の摂理。魔女の矜持」


 そして。そんなセリフを切っ掛けとして。回避不能の留めの一撃として。

 かろうじて紙一重で保たれていた彼女らの歪んだ均衡が、音も無く、崩れ去る。


「年増ちゃんあなた! 自分が何をしたのか、本当に分かっているの!?」

「言ったよね? 私は、自分の目的のためだったら何でもするって。私の邪魔をする奴は誰であろうと排除するって」

「年増ちゃん… カンナ。あなたとセツリの間に。いえ、あなたのこの二年間に、一体何があたって言うの?」


 崩れ去った均衡は、もはや、誰の手によっても元に戻す事は出来ない。


「《奴ら》との全面戦争のためにも。コマは、一つでも多い方が良い。武器は、一つでも多い方が良い。時間は少しでも節約出来た方が良い」

「奴ら? 奴らってそもそも誰のことよ!?」

「…… ねぇ、ツンデレちゃん。そもそも呪いってさ、どこからやってくるんだと思う?」

「どこから… やってくる?」


 つい数刻前と同じく、再び上を指さし、不敵に微笑んで見せるカンナ。

 上。つまり、カンナが指さすその先は…


「ごめんね、カエデ=ホワイトラビット。一から全部を説明している時間が、今の私には、もう無いんだ」

「年増ちゃん、あなた、さっきから一体何を言って」


 今、目の前の人物に対して、何一つ理解出来ない。

 少なくともこれまで、曲がりなりにもその志を理解しようとしてきたし、確かに互いに目的を同じくする旅の仲間であった。

 けれど、もはやそれすらも遠い過去の話。

 彼女は、もう、自分の力ではどうする事も出来ない、遥か先へと進んでしまった。たった一人で、きっと最初から。 

 これから起こるであろう最悪のシナリオを予期し、カエデの表情が感情の無い薄ら笑いに染まっていく。


「確かに私は簡単には死なないよ。セツリと再会を果たすまでは是が非でも死ねない。けどね、もう、えへへ、本当に困った事にさ、私には…… あんまり悠長にしている時間も無いんだよ」


 そう言って、突然その黒のローブをはだけ、静かにゆっくりと上半身を露出してみせるカンナ。

 

 強大すぎる魔力の理由。

 あくまでも近道に拘った理由。

 そして。

 カンナという魔女の存在理由。


「カンナっ…… このっ……… バカッ!!!!!!!」

『アーァ、コイツハモウ… タダノハッピーエンドジャ、オワレナイ……… ゼッ』



 カンナの右胸部にて、異形に蠢く黒き象徴、奇怪な塊。

 一介の人間の体に在ってはならない、有る筈の無い異物。

 不自然な程不気味に脈動を続け、彼女の全身に百錬の魔力を供給し続ける、焔の様に紅く闇の様に暗き遺骸。



 ―――《龍の心臓》



「私、多分、もうそんなに長生き出来ないと思うから。にゃはははっ。でも、これはね。セツリを救えなかった自分と… ベルを救わなかった人間達への 《戒め》 なんだよ」




 先ほどまでの破顔から一転、氷のように冷徹なる微笑を携え訴えるカンナが発したその言葉の意味は?


 一度崩れ去った均衡は、誰にも覆す事は出来ない。

 ただし。

 出来る事があるとすればただ一つ。


 新たなる均衡を作り出す事である。 


 全ての事に意味はある。カンナのそんな言葉を用いるならば、今、自分と彼女が一緒に行動しているという事実も、必ず意味があることに違いない。


 だからこそ。まだ… 間に合う、止められる。


 カエデは、腰の鞘を強く強く握り締め、そう戒める。



 大いなる対価と共に炎魔ヴァル・ロッグを一撃の下に屠るまでの魔女へと深化したカンナ。

 そんな彼女の思惑を、暴走を止める事の出来なかった事を悔やむカエデ。

 それぞれの旅路は、過去から現在へと地続きで繋がっている。

 

 変わらざるを得なかったカンナがこの先辿る魔道の果ては何処か?

 来るべき時に、カエデの取るべき選択肢は、いったい何なのか? 

 

 物語は折り返し地点を迎える。昇りきった太陽が辿る運命は、いつも一つ。


 それらは等しく闇の中。彼女らの針路はまだ、戒かれない。




ノロトキ! 第十四戒  ――第100話 《了》


END

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