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――それからすぐに俺は御暇する事にした。
「お邪魔しました」
「「先生、本当にありがとうございました」」
翼くんママとおばあちゃんは玄関まで俺を見送ってくれた。
そして、今度は朱里さんが俺を車で送ってくれる事になった。
ちょっと、ドキドキだ。
「すみません。結局、送ってもらう事になっちゃって」
「いえいえ、こちらこそすっかりお世話になってしまって」
他人行儀な会話。
二人きりの車内は、思ったよりは緊張はしていなくて……でも、
ドキドキ感だけはあった。
「それにしても驚きました。僕、てっきり朱里さんが翼くんの
お母さんだとばっかり思ってましたから」
「あはは、確かにそう思われるのも無理はありませんね。
姉は入園式の日も仕事で行けなくて結局、母に任せてましたし、
その母が体調を崩した時も私に翼を任せるしかありませんでしたから」
「あの……立ち入った事を聞くようですけど……、どうして、
翼くんのお母さんはそんなに働き詰めなんですか?」
「あー、それはー……」
(やっぱ、訊かない方がよかった……?)
ハンドルを握っている朱里さんの横顔が少しだけ曇り、俺はちょっと後悔した。
「実は……姉は離婚する時、相手の方から慰謝料も養育費も貰わなかったんです」
すると、朱里さんは前を向いたまま話し始めた。
「離婚する時に、相手の方はどうしても翼の親権が欲しくて、でも、
姉の方も絶対に翼を渡したくないって言って……それで、相手の方は
翼の親権を姉に譲る代わりに慰謝料も養育費も払わないって」
「そんな無茶苦茶なっ」
「私や母も最初はとことん裁判までやったっていいじゃないかって
言ったんですけど……、姉はもう相手の方とは関わりあいたくないからって。
そんな時間があるなら、その分、翼との時間を大切にしたいって言ったんです」
「そうですか……」
「でも、そんな事言っても所詮は女性一人で稼げる額なんて知れてます。
それで姉は翼の為に朝から晩まで働いているんです。
だから、私も母も姉と翼の為に出来る事は協力しようと。
ただ、いくら翼の為とは言ってもあの子はまだ五歳ですし、
日曜日くらいはゆっくり一緒に過ごしなさいって言ってるんです」
なるほど……それで翼くんママは普段、朱里さんやおばあちゃんに
翼くんを任せているのか……。