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「姉さん、こちら翼を受け持ってくださってる本多先生」
朱里さんはそう言いながら立ち上がり、その女性に俺の目の前に座るよう促した。
「え? それは失礼しましたっ。翼の母の佐山菜々美です」
翼くんの母親だと名乗ったその女性は、この間カフェで翼くんと一緒にいたあの女性だった。
「あ、どうも……本多です。お邪魔してます」
「あの……それで、先生がいらっしゃってるって……翼、何かやったんですか?」
翼くんママは俺が家にお邪魔しているからか、不安そうな顔になった。
「あ、いえー、そうじゃなくて……」
「先生はね、お誕生日にママと一緒にお食事に行けなくなった翼を可哀想だと思って、
代わりに食事に連れて行ってくださったのよ。それでね、翼が眠っちゃったし、
帰りも危ないからってわざわざ家まで送ってくださったの」
朱里さんがそう説明すると翼くんママは、
「すみません、先生。どうもありがとうございました」
と、深々とおじきをした。
「そんな、たいした事じゃないですよ。それに僕も楽しかったし」
何より朱里さんと一緒だったし……なんてコトはもちろん言えないが。
「姉さんが迎えに行けなくなったもんだから翼がもうグズッちゃって大変だったわよ。
本多先生がいなかったら多分、まだ幼稚園から帰ってないかもね」
朱里さんは冗談っぽくクスクスと笑った。
「ごめん、朱里……。私もなんとかして行きたかったんだけど、
今日はどうにもなんなかった……」
翼くんママは急な仕事でどうしても迎えに来る事が出来なかったらしい。
まぁ、こんな遅い時間に疲れた顔で帰って来るくらいだし。
翼くんと日曜日しかゆっくり遊べないというのも頷けた――。