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――コン、コン……、
午後七時過ぎ、ノックの音の後に入ってきた人物に俺は目を疑った。
「……朱里さんっ」
(どうして……)
朱里さんとは一ヶ月前に別れたきりだった。
それがどうして今さら俺の前に現れたのかわからない。
そして朱里さんと一緒に病室に入ってきた晴樹が鋭い視線を麗子さんに向けた。
「麗子さん、一体これはどういう事なのか説明して貰えますか?」
「……」
すると麗子さんは押し黙ってしまった。
何がなんだかわからない。
「どうして幼稚園の方に『本多はもう退院してうちで面倒見ています』なんて
嘘をついたんですか?」
しばらくの沈黙の後、晴樹は溜め息混じりに麗子さんに訊ねた。
(え……? 嘘?)
「晴樹、俺が退院したってどういう事なんだ? 話が見えない」
「だろうな。俺だってまさかこの人達に騙されてるなんて思っても見なかったし」
「騙されたって……麗子さんに?」
「と、その母親」
「……」
最近、なんかおかしいと思っていた。
ここ一ヶ月、晴樹も浅田くんもお見舞いには来ていなかった。
だけどそれはきっと俺がいない分、忙しいのかとも思っていたけれど……
「……後、あんたの母親、朱里ちゃんにもなんか言っただろ?」
そして、さらに晴樹が言った言葉に麗子さんの顔色が変わった。
(朱里さんに? 一体、どういう事なんだよ?)
「朱里さんに何を言ったんですか?」
「……」
「麗子さんっ」
「……」
俺が訊いても麗子さんは黙っているだけで何も答えようとしなかった。
「あんたなっ、黙ってちゃ何にもわかんないだろっ?」
晴樹はそんな麗子さんに苛立ち始めた。
「晴樹、もういい……」
「けど……っ」
「もういい……麗子さんが否定も何もしないって事は叔母さんが晴樹達に
俺が退院してるって嘘をついたのも、朱里さんに何か言ったのは間違いないんだろう」
「そうだろうな」
「だったら、もういい。後は叔母さん本人に訊くよ」
「ここへ呼ぶのか?」
「いや、俺が行く。叔母さんに直接訊きたい事が他にもあるしな。
今日はもう時間的に無理だけど明日にでも先生に相談して近いうちに外出許可を貰う」