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「ところで、先生、ここで何してたんですか?」
「空を眺めてたんです」
本多先生がそう言うと気持ちのいい柔らかい風が先生の前髪を揺らした。
青い空……先生が見上げた空はどこまでも青くてふわふわの白い雲が流れている。
「そういえば本多先生のお名前も“ソラ”さんですよね」
「うん。でも、僕の名前は草冠に倉庫の倉と空で“ソラ”なんですよ。
亡くなった母が付けてくれたんです」
「綺麗な名前ですね」
私がそう言うと先生は嬉しそうに笑った。
「実は僕には二人母親がいるんですよ」
「二人?」
「えぇ、所謂“産みの親”と“育ての親”。僕を産んでくれた母は元々体が弱くて
僕を産んだ後、すぐに亡くなったんです。さっき麗子さんを連れて来た人は
その母の弟のお嫁さん。つまりは僕の叔母で、麗子さんは僕の従兄弟なんです」
「そうだったんですか……」
「……て、麗子さんとは今日初めて会ったんですけどね」
(初めて?)
「母が亡くなって、その五年後に父は今の母と再婚して、それからは亡くなった
母方の親族とは疎遠になっていってね。だから今まで会った事がなかったんだ」
「でも、それならどうして麗子さんの事……」
「僕の父親は会社を経営していて亡くなった母の弟、つまり叔母の旦那さんは
その会社で働いているんですけど、実はこの春からその息子さんも
一緒に働くことになったらしいんです。それで要するにその旦那さんと
息子さんの会社での立場を強くしておきたいんでしょう、
旦那さんと息子さんが義兄の下で働いているとは言え、親戚付き合い自体は
すっかり疎遠になっているし、今の母方の人間が社内の上層部に何人もいるから、
僕と麗子さんをくっつけてさらに保育士を辞めさせて僕をその会社に入れたいみたいです」
「……」
「呆れる話でしょう?」
ちょっとドラマの世界のような話をポカンとした顔で聞いていると、本多先生は苦笑いした。
「しかも今年の春から僕の弟もその会社に入ったんですよ」
「先生の弟さん?」
「うん、腹違いのね。本当は長男の僕がその会社を継がなきゃいけないんですけど、
保育士になっちゃったから弟に跡を継いでもらう事になってね。
きっと叔母はそれが気に入らないんでしょう」
「だから麗子さんを使ってまで?」
「そう……、だから麗子さんには悪いけど仲良くする訳にはいかないんだよねー」
(それで先生あんなに嫌がってたんだ……)