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「本当にどうもすみませんでした」
朱里さんは俺とみゆきに何度も頭を下げた。
「いえ、たいした事じゃないですよ」
俺がそう言って笑うと、みゆきも「そうそう、蒼空にとってはあんなの朝飯前♪」と、笑った。
(余計な事を……)
実はあの後、通行人の誰かが警察に連絡したらしく、三田は警官に取り押さえられ、
俺達も警察署に連れて行かれた。
“加害者”の三田はまだ取り調べ室に入ったままだったけれど、“被害者”の俺達は
軽い事情聴取だけで終わり、駐車場まで歩いているところなのだ。
◆ ◆ ◆
「それじゃ、蒼空、朱里さん、またね♪」
先にみゆきを送って行き、車を降りるとみゆきは俺と朱里さんにバイバイと手を振った。
「すみません、せっかくみゆきさんと……」
朱里さんは俺とみゆきのデートを邪魔したと思ったのか、俯いたまま静かに言った。
「何言ってるんですか。それよりあの三田って人、僕、てっきり朱里さんの
彼氏だと思ってたんですけど……」
ホテルに連れ込まれそうになっているところを助けに入ったものの、
そう言えばこいつは朱里さんの彼氏じゃないのか? と、ずっと気になっていた。
「いいえ、三田くんはただの同僚です」
「……そうですか」
(彼氏じゃなかったんだ……)
それからしばらくの沈黙の後、運転しながらなんとなく助手席にいる朱里さんを横目で見ると
涙をポロポロと流していた。
「朱里さんっ?」
俺は急いで車を路肩に止めた。
「なんか、今頃になって涙が出てきちゃった……」
やっと気持ちが落ち着いてホッとしたのか、朱里さんは微かに震えながら泣いていた。
彼女の肩を思わず抱きしめると慌てたように少しだけ顔をあげた。
「先生……っ?」
「大丈夫……もう、大丈夫ですよ」
そう言うと朱里さんは俺の胸に顔を埋めた。
「……」
しばらくして朱里さんが顔を上げた。
「……」
視線が絡み合い、俺は彼女の瞳に吸い込まれるように衝動的にキスをした。
……パシーンッ――!
しかし、唇を離した瞬間、朱里さんに殴られハッとした。
「……みゆきさんがいるのに、なんで……」
朱里さんは泣きながら逃げるように車から降りた。
「朱里さんっ!」
そう叫んだ時には彼女はもう走り出し、俺は追いかけることも出来ず、
ただ小さくなって行く後姿を見つめていた。
(あー、何やってんだ、俺)