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―2―

夜七時――。




翼くんママがお迎えに来た。


「こんばんはー」




翼くんは、ママの声が聞こえると読んでいた絵本から目を離し、


嬉しそうな顔でママに駆け寄った。




翼くんのところはいつもお迎えが遅い。


おばあちゃんがお迎えに来る時でも六時くらいになる。


朝も本当は十時からだけど、翼くんは家の人がみんな忙しいからか九時頃に来ている。


いつもはお迎えに来られないママがこの時間に来たという事は


結構無理をして来たのかも知れない。




「翼、遅くなってごめんねー」


翼くんママはそう言うと、目線を低くして翼くんの頭を優しく撫でた。




「先生、遅くまで翼を預かっていただいて、ありがとうございました」




「いえいえ。それよりお仕事、無理して切り上げて来られたんじゃないですか?」




「いえ、大丈夫です。母が迎えに来ていた時間には無理ですけど


 この位の時間でしたら頑張ればなんとかなりますので」


にっこりと笑う翼くんママ。


俺はその笑顔にまたしてもやられそうになった。




「そうですか。でも、あんまり頑張り過ぎないで下さいね?


 特におばあちゃんが入院してるとそちらの看病も大変でしょうから」


しかし、平静を装いつつ、笑顔を返す。




「はい、ありがとうございます。それじゃあ、先生、失礼します」


翼くんママがそう言うと翼くんも小さな手を振りながら「せんせい、ばいば~いっ!」と、


帰って行った。






――そうして、翼くんママが送り迎えをするようになって一ヶ月が過ぎたある日の日曜日。




大通りにあるカフェの前を通ると店の中から小さな男の子の笑い声が聞こえてきた。




(あれ? 翼くん?)


翼くんによく似た笑い声に思わず視線を向けるとやっぱり翼くんだった。




(一緒にいるのは誰だろう?)


翼くんと一緒にいるのは翼くんママとよく似ているけれど違う女性で


三十過ぎくらいの男性も一緒だった。


まるで本当の家族みたいに楽しそうに笑っている。




(ん? 翼くんママは……?)






     ◆  ◆  ◆






翌日の朝――。


翼くんママがいつものように幼稚園に翼くんを連れてきた。




(やっぱ、昨日のあの女性とは違うよなぁ?)


翼くんママはいつも仕事で帰りも遅いらしく、ゆっくり一緒に遊べるのは


日曜日しかないんだと以前、翼くん自身が言っていた。


おばあちゃんが入院している今は送り迎えをママがしているから、


昨日は一人どこかで羽を伸ばしていたのかもしれない。


だって今日の翼くんママはちょっとすっきりした顔をしているし。




(あぁ……、俺もすっきりしてぇー)




そして、今日の翼くんはいつもにも増して元気一杯だ。


翼くんは元々幼稚園の中でも明るい方だ。


いつもよく遊んでよく笑う。


しかもよく食べる。


そういう姿を見ているとこっちまで元気になってくる。


だから保育士はやめられない。




「おばあちゃんの具合、どうですか?」


翼くんのおばあちゃんが入院してかれこれもう一ヶ月以上。


なんとなく気になった俺は翼くんママに訊いてみた。




「お陰様で先日退院したんですけど、まだしばらくは安静するように言われているんです」




「そうですか。でも退院できてよかったですね」


おばあちゃんが退院したという事は翼くんママが送り迎えするのも後、数日かもしれない。




ちょっと残念……。






――そして、


その日がとうとうやって来た。


それから二,三日が経った朝、幼稚園の送り迎えがまたおばあちゃんに戻った。




俺の密かな楽しみ……終了……。

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