―14―
春休み――。
幼稚園の職員達と旅行に行く事になった。
一泊二日の要するに“社内旅行”。
行き先は山梨の石和温泉。
朝九時三十分、東京駅に集合して貸切バスで移動する事になっている。
昼食は途中に立ち寄った善光寺の近くの蕎麦屋で済ませ、
そしていくつか観光をして旅館に到着。
チェックインする頃には既に夕方近くになっていた――。
仲居さんに案内された部屋は日本庭園が見える趣のある和室だった。
俺と同期の永沢晴樹、後は後輩保育士の浅田くんの三人が同じ部屋だ。
「本多先生、永沢先生、夕食前に一風呂行きません?」
荷物を置いている間に仲居さんが淹れてくれたお茶を啜っていると、
浅田くんがさっそく風呂に行こうと支度をしながら言った。
「いいねー。ちょっと早いけど行こうか」
晴樹もそう言って立ち上がり、俺達は三人仲良く大浴場に向かった。
◆ ◆ ◆
「せっかくの温泉だし、後で卓球もやりましょうよ♪」
風呂から上がり、大浴場を出て自販機があるラウンジでのんびりしていると、
俺達保育士の中で一番年下の浅田くんがにこにこしながら言った。
その笑顔はまるで園児みたいだった。
やっぱ若いだけあって元気だね。
そして、そんな話をしていると大浴場の方から三人組の女の子が近づいてきた。
彼女達は俺達が座っているソファーのちょうど目の前のソファーに座った。
「……っ!?」
(あれっ?)
「……? 本多先生、どうしたんですか?」
彼女達の顔が視界に入り、急に立ち上がった俺に浅田くんが不思議そうに声を掛けた。
「え? 本多先生?」
浅田くんの声が耳に入ったのか、三人組の女の子の一人が俺達の方に視線を向けた。
「朱里さんっ」
「ほ、本多先生っ?」
「「なんでこんなところにいるんですかっ?」」
俺と朱里さんはお互いの存在に気が付くと同時に同じ事を言った。
「本多先生も同じ旅館に来ていたなんて、いつかの居酒屋で会った時みたい。
ものすごい偶然ですね」
朱里さんは相変わらず可愛らしい笑顔で言った。
……と言うか、風呂上りの朱里さんは長い髪を軽くまとめ上げていて、
おまけに浴衣姿でやけに色っぽく見えた。
「永沢先生と浅田先生もご一緒って事は、幼稚園の先生方と旅行ですか?」
「えぇ、朱里さんは?」
「私達も社員旅行なんです」
朱里さんがこの温泉に来ていたのは俺達同様、社内旅行で、一緒にいるのは
彼女の同僚の女の子らしい。
「あはは、ホントすごい偶然ですね」
菜々美さんが結婚して専業主婦になり、朱里さんが翼くんを幼稚園に
送り迎えする事もなくなって、もう会えないんだと思っていた。
それでもいつか居酒屋でバッタリ会ったみたいにどこかで会えないかな?
……と、思つつ、やっぱり会えないのかと諦めていた。
しかし、それが今こうやって現実に再会出来て俺はやや信じられない気持ちで……、
でも、すごく嬉しくて――。
だけど、そんな気持ちも次の瞬間、すぐにぶち壊された。
「朱里ちゃん」
朱里さんを呼ぶ声。
その声に彼女は振り返った。
そして、俺も同時にその声の主に視線をやると、いつだったか以前、
居酒屋で彼女と会った時に一緒にいた男性が朱里さんに近づいてきた。
「そろそろ“大宴会”が始まるよ」
その男性は朱里さん達の目の前まで来ると「行こ」と言って促した。
「……」
(むー……せっかく会えたのに……)
けどまぁ、向こうも社内旅行で来ているんだから仕方がない。
「それじゃあ、本多先生、永沢先生、浅田先生、失礼します」
朱里さんはそう言って俺達に会釈をして踵を返した。
それから俺達も夕食の時間が近づき、部屋に戻るとすぐに仲居さんが呼びに来た。
夕食は一階の広間に用意されていた。
広間の隣には更に大きな大広間があり、楽しそうな話し声や笑い声が微かに聞こえていた。
大きな団体客は俺達と朱里さんの会社だけみたいだし、朱里さん達の会社は
隣の大広間で宴会かな?