―12―
一時間後――。
菜々美さんといつかのカフェで見た男性が一緒に翼くんを連れて
幼稚園に帰って来た。
「翼っ!」
朱里さんは翼くんの姿を見るなり、すぐに駆け寄った。
「じゅりちゃん……」
翼くんは朱里さんに叱られると思ったのか、ぎゅっと目を閉じて
「……ごめんなさいっ!」
と、言った。
「もぅっ! 一体、どれだけ心配したと思ってるの?」
朱里さんは翼くんを両腕で強く抱きしめた。
そして、何度も何度も優しく背中を撫でていた。
「ごめんなさい……」
翼くんはポロポロと涙を流し始めるとおばあちゃんは
「お弁当も食べないで、おなか空いたでしょう」
と、優しく笑い、声を掛けた。
「朱里、ごめんね……翼の事、叱らないでやって? 翼は悪くないの……」
菜々美さんは翼くんの頭を優しく撫でながら言った。
翼くんが園を抜け出してまでお母さんに会いに行ったのには何か理由があるのだろう。
ともかく、翼くんが無事でよかった――。
◆ ◆ ◆
結局、翼くんが幼稚園を抜け出したのは“パパとママと一緒にお弁当が食べたかったから”らしい。
障害物競走が終わってみんなで『もうすぐお弁当の時間だね』という話をしていた時、
周りのお友達が『パパとママと一緒に食べるんだ』と嬉しそうな顔をしていた。
でも、自分の家はおばあちゃんと朱里さんだ。
パパとママじゃない。
“ボクもパパとママといっしょにたべたい”
警察から幼稚園に戻る途中、翼くんが泣きながら菜々美さんと、
一緒にいる男性にそう言ったらしい。
そしてその男性は森川さんと言って菜々美さんと同じ会社に勤めている人で
お付き合いもしている方だとか。
きっと翼くんは森川さんの事をパパみたいに思っているのだろう。
ママのところへ行きたくて、お弁当も食べずに幼稚園を飛び出して
ずっと歩いて、そして泣いて……
翼くんは一頻り泣いた後、疲れて眠ってしまった。
「翼、今までいろんな事を我慢していたのね……」
菜々美さんは腕の中で寝息を立てている翼くんの頭をそっと撫でた。
以前、カフェで見かけた菜々美さんと森川さんと翼くんの三人はとても幸せそうで
本当の親子みたいだった。
それでも結婚に踏み切れなかったのは、一度結婚に失敗して離婚した所為で
二度目に踏み切る勇気が出なかった。
それで翼にもいろいろ我慢させて辛い思いをさせてしまった……と、菜々美さんは涙を流した。
森川さんとの交際も菜々美さんは何度も断っていたらしい。
それでも森川さんは菜々美さんの事をずっと待って菜々美さんの全てを受け入れたのだとか。
交際を始めて一年。
森川さんにも随分、辛い思いをさせてしまった、と菜々美さんが言うと
彼がそっとハンカチを出して菜々美さんに渡していたのがとても印象的だった。
「どうすれば翼にとって一番いいのか……ちゃんと真剣に考えて見ます」
菜々美さんは静かに、でも、何かを決心したように言った――。