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――十月。
今日は幼稚園の運動会。
朝から園児達の父兄がデジカメやビデオカメラを片手に我が子の姿を追っている。
だいたいはお父さんとお母さん。
でも、翼くんのところは今日は土曜日だけど翼くんママは仕事が休めなかったのだろう、
おばあちゃんとそして朱里さんが一緒に来ていた。
(また会えた♪)
しかも今日の朱里さんはポニーテールでいつもよりずっと可愛い。
朱里さんは翼くんが何かの種目に出る度、笑顔で手を振り、ビデオを撮っていた。
父兄参加の種目も一緒に参加してまるで本当の親子みたいだ。
(きっと、朱里さんがママになったらあんな感じなんだろうなぁ……)
「……い」
(あんな可愛いママなら最高だよなぁー)
「……先生」
(さらにあんな可愛い奥さんなら、もっと最高だよなぁー)
「本多先生っ」
自分でも気付かないうちにポーッと妄想していると、先輩保育士の
保本先生に呼ばれていた。
「さっきから呼んでるのに」
「あー、すいません。ちょっと考え事してました」
「そんな風には見えなかったけど? ……ま、いいわ。そんな事より、
そろそろお昼だからお遊戯室だけ開けておいてくれる?」
保本先生はそう言うと俺にお遊戯室の鍵を渡して「じゃあ、よろしく」と、
軽く手を振って職員室の方へと歩いて行った。
運動会の日はいつも全ての教室を閉めている。
しかし、お遊戯室だけはお弁当の時間から解放する事になっているのだ。
そして、お遊戯室の鍵を開けて先生達のいるテントに戻ると……、
「本多先生っ、翼くん見ませんでしたっ?」
少し慌てた様子で園長先生に訊かれた。
「翼くんなら、さっきの障害物競走に出てましたよ?
その後は、確か他の園児達と一緒にテントでおしゃべりしているのを見かけましたけど……、
翼くん、どうかしたんですか?」
「いなくなったらしいんです」
「え……?」
(いなくなった……?)
「一体、いつからいなくなったんです?」
「借り物競争が終わってから姿が見えなくなったって……」
確か、障害物競走の後が借り物競争でそれから昼食の予定だ。
(俺がお遊戯室を開けに行っている間にいなくなったのか?)
もう既に借り物競争も終わって、ほとんどの園児がそれぞれの家族のところへ行った。
翼くんのおばあちゃんは父兄用テントの中から心配そうに周りを見渡して翼くんを捜している。
朱里さんの姿は見えない。
おそらく、翼くんを捜しに行っているのだろう。
「僕、捜してきます」
おばあちゃんや朱里さんがいるテントがわからなくて園の中を
ウロウロしているのかもしれない。
俺は全てのテントを捜して回った。
お遊戯室やトイレ、まさかと思うけれど、教室や職員室まで。
しかし、翼くんはどこにもいなかった――。
◆ ◆ ◆
「本多先生っ」
先生達のテントに戻ると朱里さんがいた。
「園の中は隈なく捜しましたが、翼くん、どこにもいませんでした」
「……」
俺がそう言うと朱里さんは表情を強張らせた。
(もしかして、一人で外に行ったのかな?)
「外、捜してきます」
今日は園の門も鍵をかけていないから出入りは自由だ。
翼くんが外へ行く理由はわからないけれど、これだけ園の中を捜してもいないのだから……。
「待ってください、私も行きますっ」
門を出ると、朱里さんが俺の後を追いかけて来た。
「じゃあ、二手に分かれましょう。僕はこっちを朱里さんはあっちをお願いします」
「はい」
俺と朱里さんは右と左に別れて、それぞれ走り出した――。