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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第二章 魔王再誕

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第8話 1000年ぶりの焦り




「ここが冒険者ギルドか」



 俺の持つ叡智と技術をもってすれば、定職に就いて高給を得ることなど容易い。


 だが、俺は魔王。千年もの間、世界の頂に君臨してきた存在だ。

 今さら誰かの指図を受けて働くなど、どう考えても性に合わない。


 だからと言って、もう一度『魔王』を名乗って、再び世界に君臨するつもりもない。

 同じことを繰り返しても、心はまるで踊らないし、やる気も湧いてこない。あの退屈で耐えがたい日々がまた始まるかと思ったら、うんざりだ。


 そんな理由から俺が選んだ生き方は、『冒険者』だった。

 極端に言えば、冒険者なんてものは安定した稼ぎもなく、ただ気ままに生きるだけの職業。流されるまま日々を過ごす『落ちぶれ者』かもしれない。


 実際、多くの者たちがその通りだが、一流と称される者たちやその高みを目指す者たちは違う。

 少なくとも、魔王領から遥か遠く離れた国々にいる平和ボケした騎士や兵士よりはよほど真摯に糧を求めている。


 なにしろ、冒険者に稼ぎを斡旋する所謂『冒険者ギルド』の掲示板に張り出される仕事は、朝一番が勝負どころ。

 酒を浴びるように飲んで寝坊なんてしていられない。報酬の高い依頼や効率の良い仕事は、早い者勝ちであっという間に消えていく。



「なるほど、エリーの庭の主人が言っていた通りだな」



 そして、今まさに朝の争奪戦の真っ最中。

 冒険者ギルドのロビーは人でごった返していて、誰もが掲示板に釘付け。


 当然、俺のような新顔に目を留める者など一人も居ない。

 横目を掲示板に向け、意味は解らないが見出しに『銀』と書かれた依頼書の報酬額を見て、思わずニヤリと笑う。


 やはり俺の選択は正しかった。

 片手間にこなすだけで、一週間は食費も、歓楽街での遊行費も心配は無さそうだ。


 しかし、慌てることは無い。

 見出しに『銅』や『青銅』と端金しか稼げない依頼書は次々と剥がされてゆくが、俺が目をつけた依頼書は見向きもされていない。


 少しは冒険者を見直しかけたが、やはり馬鹿の集まりらしい。

 エリーの庭の店主の助言に従い、受付カウンターの端へ。唯一、誰一人並んでいない、天井から吊るされた看板に『冒険者名簿管理部』の下へ向かう。



「失礼、新規登録を願いたい」

「あっ!? はい、それでは……。えっ!?」



 近くの机で事務作業をしていた女性が、俺の呼びかけに手を止め、立ち上がりかけた。

 だが、俺の姿を見た瞬間、中腰のまま固まり、見開いた目で何度もパチパチと瞬きを繰り返す。


 なかなか出来た女だ。

 俺をひと目見て、魔王の風格を感じ取ったのだろう。


 満足にウンウンと頷き、組んでいた両腕をほどくと、カウンターに右腕を置いて、ゆったりと身を預けた。



「どうした? 新規登録を願いたいのだが?」

「はい、失礼しました! ……重ねて失礼を申し上げますが、共通語は書けますでしょうか?」

「もちろん、書ける」

「では、こちらの用紙の赤い枠で囲まれている、必要事項に記入をお願いします」



 慌てて受付嬢はカウンターへ駆け寄り、用紙とペンを置いた。

 ペンを手に取り、戯れに指の間でくるりと回してみる。安物だなとすぐに解った。


 今なお、世界には地方や種族ごとに多くの言語が存在している。

 しかし、私が魔王になる遥か昔。人間がたった一度だけ世界を制覇して以来、各地の言語は混ざり合い、磨き上げられ、やがて一つの『共通語』へと形を成している。


 但し、共通語の読み書きが出来る識字率はあまり高くない。

 商人や貴族、王族にとっては必須技術だが、それ以外の者たちにとっては話が違う。せいぜい、日常生活で必要な単語を経験則で読める程度だ。


 その点、俺は元皇族にして、元魔王。

 当然の事ながらペンを走らせれば、その文字は美しい。


 

「……はい、結構です。

 次に簡単な審査を行います。この水晶玉に利き手を置いて、私の質問に全て『はい』で答えて下さい。

 例え、答えが違っても『いいえ』とは言わず、必ず『はい』と答えて下さい。……では、よろしいでしょうか?」

「ああ、始めてくれ」



 冒険者になるのは、実に簡単。

 今、俺がやっているように審査を受けて、名簿に登録される。たったそれだけで晴れて冒険者の仲間入り。


 だが、殺人や強盗の経歴がある犯罪者を登録してしまうと、ギルドの信用に傷がつく。

 そこで役立つのが、この『嘘発見器』と呼ばれる水晶玉らしい。これもエリーの庭の店主が教えてくれた。



「では、最初の質問です。あなたの名前はレイモンドですね?」

「はい」


 

 ところが、まさかの反応。

 水晶玉は赤く点滅し、警告音と思しき耳障りな『ブーーーーー!』という大音量がロビー中に鳴り響いた。


 その瞬間、ロビーが一気に静まり返った。

 ざわめきがピタリと止み、全員の視線が一斉に俺へと注がれる。


 受付嬢は反射的に飛び退き、スカートの裾を押さえながら太腿のホルダーから短剣を抜いた。

 いつでも投げられる構え。まるでスカウトのような俊敏さ。



「待て! ……待て! 待て! 待て! 違う! 違う! 違うぞ!

 もう一回だ! 今のはちょっとした手違いだ!

 家名だ! 家名! 今は事情があって名乗れない。だから書かなかっただけだ!」



 これはまずい。かなりまずい。

 俺は身体ごと思い切り顔を左右に振りまくって、必死に叫ぶ。


 人間になって以来、俺は初めて焦った。

 激しく、猛烈に、心底に焦った。受付嬢のみならず、冒険者ギルドの者たちや周囲の冒険者たちまで俺を取り押さえようと構えている。

 ここに居る者たちどころか、街そのものを業火に包んでも構わなかったが、それでは今夜の夕食代と歓楽街での遊行費を得られない。



「そう言えば……。そうでしたね」



 ぽつりと受付嬢が呟いた。

 その視線は俺の服装に、特に一番上に羽織った魔術学院のローブに向けられていた。

 それは魔術学院の入学金を支払った者にのみ与えられる品であり、身分の証明そのもの。俺はその事実に気付いた。



「だろ? だろ? そうだろ?」

「それなら、そうと最初に言って下さい。では、もう一度……。」



 ようやく受付嬢が構えを解いた。

 短剣は右手に持ったままだが、カウンターへ戻って来る。

 周囲の緊張も次第に和らぎ、ロビーは徐々に先ほどまでのざわめきを取り戻し始めた。



「いや、今も言ったが、事情があって家名は名乗れない。

 だから、耳を貸せ。俺に問いかける時も家名は小声で頼む」

「解りました……。

 ……って、ええっ!? 大変、失礼を致しました。知らずとはいえ、非礼の数々をお許し下さい」

「気にするな。俺にも非があった。それより、早く進めてくれ」



 受付嬢が耳打ちを聞いて、俺の素性を察する。

 どうやら元皇族として認識されたらしい。慌てて頭をペコペコと下げる。

 


「では、改めまして……。

 あなたの名前はレイモンド……。様ですね?」

「はい」



 だが、俺の災難はまだ続いた。

 再びあの耳障りな『ブーーーーー!』という音が響き渡り、今度はロビー全体の注目だけでなく、明確な殺気が俺に向けられた。




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