第6話 1000年ぶりの晩餐
「美味い! 美味い! 美・味・いぞぉぉ~~~!」
ここ、モテストの街は国の首都。
寄宿舎から通じる道から表通りに行けば、夕方のそこは人で溢れていた。
雑踏の中から食事の場に選んだのは『エリーの庭』の看板を出す宿屋と飯屋。
その理由は単純に響きがエリザベートに似ていたからだが、ここを選んで正解なら、メニューにあったおすすめの欲張りステーキセット(数量限定)を注文したのも大正解だった。
とにかく、美味い。
1000年ぶりの食事に身体全体が喜んでいる。
肉は表面が香ばしく焼き上げられ、中はしっとりとジューシー。
口に入れた瞬間、肉汁があふれ出して舌を包み込み、さらに隠し味の香草バターがそれを優しくまとめあげている。
「食いっぷりもだが、嬉しいことを言ってくれるねぇ~~!
そう、美味い、美味いと何度も言われたら、料理人冥利に尽きるってもんだ!」
中年の店主はふくよかな身体を揺すって笑った。
夕飯時にはまた早く、客はまばらで暇なのだろう。先ほどからカウンター越しに腕を組みながら私の様子をじっと観察している。
だが、私は魔王である。誰かに見られているのは慣れている。
メイドたちは食事の様子を観察していると、恥ずかしそうに『見ないで下さい』と懇願することが多かったが、私は気にしない。
「良し、ちょいと待ってな!」
唐突に店主は何やらウンウンと頷くと、厨房の奥に消えていった。
やがて、コトンという音と共に目の前に置かれたのはデザートグラスだった。
「ほれ、これはサービスだ!」
「むっ!」
「熱々のステーキの後はこいつが効くぜぇ~~?」
冷気の霧をデザートグラスから溢れさせる白い固まり。
欲張りステーキセットはあと一口残すだけとなり、胃袋はもう満ちているはずがそれを見た途端、空腹に戻ったかのように身体が求めてくる。
「こ、これはっ!?」
デザートグラスの脇に添えられたスプーンを手に取り、一口をすくって口へと運ぶ。
その瞬間、期待通りの冷たさと共に豊潤な甘みが波のように押し寄せた後、奥底に潜んでいたほのかな酒精を帯びた果実の風味が鼻腔を擽った。
思わず動きを止めて固まる。
身体が無意識に次の一口を欲し、三口目を頬張ると、鋭い痛みが頭にキーンと走った。たまらず左手でこめかみを押さえる。
「はっはっは! 慌てて食べるからそうなるのさ」
店主がしてやったりの顔で満足気に笑う。
魔王たるこの私を前にして、その態度は不敬にも程がある。通常ならば灰燼に帰すところだが、今はこの至高の一品に免じて許してやる。
「エクセレント! 店主の言う通り、こいつは効く!
口当たりはしゃっきりぽん! その味わいは甘くてまったり!
火照った身体の芯まで春の谷風が吹き抜けてゆくような爽やかさ! 店主、出来るな!」
「へへっ……。正直、何を言っているのかはさっぱりだが……。
あんたがそう言ってくれるなら、正式なメニューに出せそうだな。そいつ、実は試作品なんだ」
無論、功績には対価を。
しっかり褒めると、店主は鼻の下を照れ臭そうに人差し指で擦って喜ぶ。
「なら、太鼓判を押そう。これは街の名物になるぞ」
「ははっ! 名物か! 本当にそうなったら嬉しいねぇ~!」
「世辞など言わん。なんなら、すぐにでも試してみると良い」
「なら、早速と言いたいところだが、あくまで試作品だからな。仕込みも、材料も、それっきりなんだ」
「それは残念だ。なら、また明日来るとしよう」
「おう! 用意して待ってるぜ!」
ステーキセットを完食して、デザートグラスの品も完食する。
汚れた口をハンカチで拭い、懐に入れてあった革袋の財布から取り出した銀貨一枚を置く。
「おっ!? 銀貨かい? できれば、銅貨で払って貰えると助かるんだが……」
店主が眉をひそめたのも無理はない。
デザートグラスはサービス品のため、無料。メインの欲張りステーキセットの価格は銅貨23枚。
一方、銀貨1枚は銅貨100枚分に相当する。
釣り銭の用意が面倒な上、薄利多売の飲食店にとっては迷惑極まりない支払い方法だった。
「ふっ……。釣りなど取っておけ」
「えっ!?」
私は静かに言い放つ。
当然だ。魔王たるこの私をここまで感動させたのだから、常識的な対価など安すぎる。
「それに今日は1000年ぶりの祝いだ。遠慮は要らん。
もし、受け取り過ぎだと思うのなら、その金で更に腕を磨け」
「あ、ありがとうございます! せ、席を作って、明日もお待ちしています!」
椅子から立ち上がり、隣のカウンター席に掛けられてあったローブにゆっくりと袖を通す。
慌てて店主がカウンターから出てきて、深々と頭を下げながら見送ってくるが、私はそれに構う暇もなく、ただ前だけを見据えていた。
食欲は満たされた。
ならば、次に向かうべき場所はただ一つ。
今、私の思考を支配しているのは女体の神秘、その究極の象徴。
そう、『おっぱい』である。
「征くぞ! 出陣だ!」
自らに喝を入れ、吠えるように叫ぶ。
この戦に敗北は許されない。渇望の果てに見たその二つの頂きはたたの興味に非ず、魂を賭けた戦いだ。
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「ほ、ほおおおっ! ……何だっ!? 何だ、これはっ!? この感触、言葉が追いつかん!
ただ『温かい』では足りない……。そうだ、これは『ぬくい』だ! ぬくもりを超えた、ぬくさそのもの!
まるで春の日差しの中、柔らかな風に抱かれているような……。
いや、違う! もっと深い、もっと本質的な何か……。
はっ!? 思い出したぞ。この感覚……。これは母上だ!
遠い日、母の胸に抱かれたあの絶対的な安堵と包容!
そうか、そういうことか! これこそが原点回帰にして至高の神秘!
ヒトは女体より生まれ! そして、女体へと還る! これぞ生命の輪廻、宇宙の理! 今、我が魂の小宇宙がビッグバン!」
「……変な客」
その夜、私は1000年に渡って背負い続けてきた忌まわしき『不名誉の称号』を遂に返上した。




