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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第二章 魔王再誕

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第5話 新たな身体、蘇る記憶




「はっ!? エリザベート!」



 意識がゆっくりと浮上する。身体を包む言葉にできないほどの心地良さ。

 このままもう一度意識を落としたくなる衝動を振り払ったのは、直前に見た強烈な光景だった。


 目をハッと見開かせると、まず視界に飛び込んできたのは黄ばんだ白の味気ない天井。

 左右に視線を向ければ、狭い部屋。今、寝ている固いシングルベッド、机と椅子、クローゼットによりスペースがほぼ埋まっている。


 私は城の全てを把握している訳ではないが、魔王である私が何故にこんな粗末な寝床にいるのか。

 メイドを呼ぼうと口を開きかけるが、それよりも早く腹が鳴った。


 目を見開き、反射的にベッドから上体を起こした

 勢い余ってそのまま立ち上がり、ベッドの上に仁王立ちとなる。



「な、何っ!?」



 右手を腹に当てると、それはしっとりとした若々しい『肉体』だった。


 指を軽く曲げる。

 いつも曲げる度に聞いていた軋む音は鳴らない。


 震える手をゆっくりと顔に近づけ、頬に触れる。温もりがあった。

 指先を上げれば、髪の毛も生えている。



「リフレクト・ミラー!」



 慌てて魔術を発動。宙に姿見ほどの鏡が出現する。

 本来は攻撃魔法を反射するための魔導具だが、鏡としても使える優れものだ。



「こ、これが……。わ、私かっ!?

 わ、悪くない! わ、悪くないぞ! な、なかなかの美青年じゃないか!」



 鏡に映るのは、黒髪に紫の瞳を持つ若き美丈夫。

 年の頃は十代半ばといったところか。私が口を動かせば、鏡の中の男も同じように動く。


 確信した。

 私は秘術に成功し、人間として転生を果たしたと。


 半覚醒時に感じた心地良さは『睡眠欲』であり、先ほどの音は『食欲』だ。

 必然的に残るひとつの欲求も確認しておきたい。



「な、ならばっ!?」



 着ている黒いローブを脱ぎ捨て、まだ慣れない肉の指の感覚に焦れながらシャツも脱ぎ捨て、金具をカチャカチャと鳴らしてベルトを外す。

 これは確認のための必要な儀式。ズボンも、パンツもだ。


 そして、露となる象徴。

 すぐさま目を瞑り、たまにメイドたちが見せるドジに伴うあられもない姿の今は中身が詰まった頭に思い出せば、即座に実感があった。



「おおっ!? おおっ!? おおぉぉ~~~っ!?」



 再び目を開ければ、雄々しくご立派なそれ。 

 たまらず歓喜乱舞して、雑魚どもが城の中庭でやっていたように腰を盛んに振ってみれば、肉同士がぶつかり合う音がペチンペチンと鳴り響いた。




 ******




「う~~~ん……。エリザベートは無事だろうか」



 ベッドに腰を下ろし、両膝に肘を乗せ、組んだ手の上に顎を預けながら考え込む。

 先ほどまでの興奮がようやく落ち着き、脱ぎ散らかしていた服も元通り身につけた今、冷静さが戻ってくると同時に当然の疑問が湧いてきた。


 確かに秘術は成功した。

 だが、発動の最後の瞬間、そこにエリザベートの姿があった。

 あれがイレギュラーとなり、私は人間になる事こそ果たせたが、他の結果が狂ったのかも知れない。


 この部屋の唯一の窓から外を覗いたが、ここは明らかに城の中ではない。

 外には私と同年代と思しき男女が行き交い、和気あいあいとした雰囲気を漂わせていた。


 そんな光景、魔王城では絶対に見られない。

 恐らく、ここは人間領のどこか。


 だが、それならば、なぜこの部屋なのか?

 部屋自体は古びているが、不思議と生活感には新しさがある。


 クローゼットには、今私が着ているものと同じデザインのローブが一着。

 吊るす余裕もあり、収納棚も備え付けられているが、替えの下着やシャツはベッド横に置かれた旅行鞄に詰め込まれていた。


 一瞬『宿か?』とも考えたが、それは違う。

 外を歩いていた人々も同じローブを着ていた。それが制服である可能性が高い。

 更に年齢層が若い事を踏まえれば、導き出される結論は学舎の寄宿舎である。


 しかし、不可解なのは、私がこの場所に転移したという事実。

 魔術による転移には、過去に一度でも訪れた場所でなければならないという制約がある。


 私は魔王である。

 筆一本にしても、相応の格式を求めていた。

 一夜の宿泊であっても、こんな粗末な部屋など使わない。



「手がかりはこれだけか」



 満足する答えが得られぬまま、私はベッドから立ち上がる。

 思わず「魔王がゴミ漁りとはな」と苦笑しながら、机の横にあるゴミ箱から丸められた紙を取り出した。


 それは先ほど部屋を吟味した時に見つけていた一枚。

 椅子に座り、机の上で丁寧に広げて伸ばす。



「これは……。手紙か?」



 それは自分によく似た筆跡だった。

 文面の上から大きくバツ印が引かれており、練習用の下書きだろうと察しがついた。


 まず文末へと視線を走らせ、途中で切れている事を確認した上で、冒頭に目を戻して読み上げる。



「拝啓、母上様。いかが御過ごすでしょうか?

 暦の上では秋を迎えたばかりというのに、こちらはもう長袖を必要としています。

 ですが、その寒さが身を引き締めさせてくれます。いよいよ、今日は入学式が済み、このレイモンドは……。ぐぅっ!?」


 そして、筆者の名前を口にした直後、激痛が脳を貫いた。

 その場に立っていられず、頭を両手で押さえて後退る。足がベッドにぶつかって、そのまま座り込んだ。


 鼓動が早鐘のように打ち、頭の内側で痛みが暴れまわる。

 同時に頭の中に次々と『光景』が流れ込み、浮かんでは消えていく。

 千年もの昔に捨て去ったはずの記憶たちが今蘇り始めていた。



「そう、そうだ! 私の名前はレイモンドだ!

 くっくっくっ……。全く度し難いな。大事な自分の名前を忘れていたとは!」



 徐々に輪郭を取り戻していく。

 ここは嘗ての自分が通っていた魔術学院の寄宿舎。

 昨日の夕方、私はこの街『モテスト』に到着し、今日は入学式を済ませたばかりだった。


 ついに私は『自分』を完全に取り戻した。

 ようやく痛みが引いた頃、外はすっかり夕暮れに染まっていた。


 全身を濡らす不快な液体。

 それが汗だと今はまだ知らぬまま、顎を伝った一滴を右腕で拭う。



「うん? ……という事は、私の魂は1000年前に遡ったという事か?

 いや、そうとしか考えられないが……。何故? 何故だ? 何故、こんな事に?」



 だが、爽快感はすぐに消えて、新たな疑問が湧いた。

 確かにあの秘術は時間に干渉する性質を含んではいたが、本質は別物。時を遡るなどという信じがたい効果はあり得ないはずだ。



「うむむ……。手がかりが有るとすれば、未来……。1000年後の城、か」



 思考は霧に包まれる。

 自分の身に起きた異常現象の証拠は、自身の記憶以外に存在しない。


 魔術を探求する者として、自らの現象を解明できないのは悔しい。

 だが、それ以上に思考を邪魔するものがあった。



「ふっ……。まあ、良いだろう」



 腹が『ぐぐ、ぐぅぅ』と鳴った。

 空腹という欲求が理屈も、推理も全て押し流してゆく。



「まずは食事を楽しむとするか! 腹が減っては戦が出来ぬと言うしな!」



 人間という存在の不便さにたまらず笑みを零して、椅子から立ち上がった

 



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