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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第一章 灰色の世界

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第4話 黒き宝玉の儀式




「くっくっくっ……。」



 この海底深くに沈んだ遺跡で秘術を発見したのは、今から812年と65日前の事だったと記憶している。

 当時、私は石板の記述を写本に移すだけに留め、下らぬ術だと判断して書庫に放り込み、それっきりにしていた。


 何故ならば、その秘術はアンデッドの身を生前へと戻すもの。

 つまり、私のような存在が使えば、人間の男性へと戻るという事になる。


 世界の理を書き換えるほどの秘術とはいえどもだ。

 何故、敢えて弱き種族の人間に戻らなければならないのか。

 何故、永遠の命を捨て、老いの苦しみを味わった挙げ句、長くても100年程度の定命を受け入れなければならないのか。


 この秘術を作り出した作者の愚かしさに、私は怒りすら覚えた。

 だが、その怒りがあったからこそ、記憶の片隅に秘術の存在を留め続けていたのもまた事実である。


 1000年以上もの時を生きていると、まれにこうしたことが起こるから面白い。

 当時、失望のままに石板を破壊せず、辞書片手に延々と超古代語を翻訳し、紙に書き写して残しておいた自分を今は褒めてやりたい。



「さあ、力の五芒よ! 力を集めて回れ!」



 私の呼びかけに世界が応える。

 地下実験場の石畳に描かれた魔法陣が眩い光を放ち始めた。


 その中心に立つ私の周囲では、五色の希少石が等間隔に弾け飛び、魔法陣の外へ飛び出そうとしたが、光の障壁によって内側へと押し留められる。

 なおも希少石たちは外へ逃れようと必死に抵抗し、やがて魔法陣の外周を右回りにぐるぐると回転し始めた。


 その速度は加速度的に増していき、赤、青、緑、黄、紫。

 五つの光が稲妻となって私を囲み、怨嗟の叫びのような雷鳴を響かせる。



「そして、理の六芒よ! 我が命に従え!」



 五色の稲妻が融合。

 白き光の柱が私の身体を包み込み、天井へと立ち上がった。


 これほどの魔力を極限まで引き出した奔流。

 恐らく、天井どころか、城そのものを通過して、天を裂き、風と雷を狂わせ、巨大な雷雲を生み出しているに違いない。


 私自身、ここまでの大規模魔術を用いるのは183年と54日ぶり。

 エリザベートにお願いされて召喚した神話時代の巨人で七日七夜、南西の国々を焼き尽くした時以来だ。



「くっくっくっ……。ここまでは計算通り!

 さあ、いざ往かん! 我が野望の果てに!」



 この秘術を思い出してから今日で12日目。

 不休で練り上げた黒き宝玉が右手からふわりと浮かび、目の高さで静かに揺れる。


 準備は整った。

 意識と視線を宝玉へ集中させ、詠唱の最終段階へと移る。



「我がモノが我のモノ! 汝がモノも我がモノ!

 ならば、我は我! 汝は我なり! 今、我が魂を形として、汝が器へ導かん!」



 正直に明かそう。

 1000年以上に及ぶ悠久の時など、ただの退屈と惰性に満ちた日々だった。


 何故、私が骸のアンデッド『リッチ』となったのかすら、今では定かではない。

 ただ、嘗て抱いた人間への強い憎しみだけが記憶の底に沈んでいる。


 世界を統一して、10年後の132年目。私は唐突に『飽きた』のだ。

 この城だけを手元に残し、統治は配下に任せた結果、人間共は勢いを取り戻し、再び各地に国家を築いた。


 しかし、それすらも遊びになった。

 国々が隆盛を極めるのを待ち、頃合いを見て摘み取る。それを繰り返していたが、353年目でやはり飽きた。

 以降は世界各地に散らばる秘術の収集を趣味とし、ついでに人間の国々を滅ぼしていたが、それすら587年目で飽きた。


 何が起ころうと、それは過去の焼き直し。

 初めてという感動を全て失い、心は動かず、世界は灰色に見えた。

 世界が彩りを戻すのは、788年と65日前に出会った我が娘『エリザベート』が目の前にいる時だけ。

 


「受け入れよ! 受け入れよ! 

 汝は我が前に跪き、油を注いで生命の炎を灯し! 宴を設けよ!」



 だが、この灰色の日々がもうすぐ終わる。

 まずはこの秘術の原動力となった『女体』を味わう予定だ。

 人間となった私に戸惑うかもしれないが、メイドたちなら喜んで身を捧げるに違いない。


 いずれはハーレムを築くのも悪くない。

 物語という物語を腐るほど読んできたが、大抵の英雄はハーレムを持っている。きっとそれは素晴らしいものに違いない。



「恐れるな! 生は死の始まりなら、死は生の始まりなり!

 死の谷の暗闇を恐れる事なかれ! それは再誕の道標! 御者が持つ鞭に導かれるままにただ進め!」



 そう、それこそが『おっぱい』だ。

 エリザベートを除く世界中全ての『おっぱい』を我がものとし、味わい尽くしてやろう。


 二度とオークなどに渡してなるものか。

 この世に存在する全ての『おっぱい』は、私のものである。


 今一度、そのためなら世界制覇の労力を厭わない。

 随分と長く、エリザベートにお願いされていたが正に好機。

 この再誕は、私の千年を超える怠惰と沈黙に終止符を打つものとなるに違いない。



「さすれば、汝は我が魂に満ち、我が力と理の光を灯すであろう!

 新たな奇跡の誕生を祝し! 今、ここに祝詞を捧げん! おっぱいの神秘を解き明かすために!」 



 人間は定命の種族。限られた命しか持たない。

 エリザベートとの永遠を共にできぬことは、火を見るより明らか。


 しかし、心配は無用。

 この儀式に用いた大魔術により、地脈は枯渇。触媒も底を尽いた。

 それを取り戻すには数年を要するだろうが、私は生者をアンデッドに変える術を幾つも知っている。


 ならば、次は吸血鬼として生まれ変わり、エリザベートと吸血鬼親子になったら良い。

 吸血鬼なら、三大欲求を持ち続けている。永遠に『おっぱい』は楽しめる素晴らしくも完璧な計画だ。



「ソウル・リンカーネート!」



 最後のキーワードを告げた瞬間、黒き宝玉が弾けて砕け飛び、宙に裂け目を生じさせた。

 それは小さな闇を生み出し、光を吸い込みながら深淵の渦を拡げてゆく。

 魔法陣を越えて闇は広がり、私の魂が中心へと強く引かれるのを感じた次の瞬間。


 

「父上、父上! 新しい秘術を見つけたのじゃ!

 だから、褒めて、褒めてたもう! ……父上? のじゃっ!?」



 両開きの扉が勢い開かれ、エリザベートが飛び込んできた。

 愛らしくも無邪気なその姿に、私は思わず右手を伸ばしかけた。


 だが、遅かった。

 魂は既に肉体を離れ、残された骨はその場に崩れ落ちる。意識は深淵へと吸い込まれていった。




 ******




 その日、魔王城と呼ばれた場所にて、歴史上最大級の超々々大爆発が発生した。

 発生した爆光は夜の大陸を北端から南端まで白昼のごとく照らし出し、更にその余波は大陸を東西に分断する大地震を誘発。


 巻き上がった粉塵は世界中の空を覆い、太陽の光を遮った。

 魔王城に近い地域ほど影は深く、気温は下がり、作物は実らず、世界は深刻な飢饉に見舞われる。


 魔王の消失によって、人間たちの悲願は叶った。

 だが、食料を巡る争いが即座に勃発。人間同士が奪い合い、殺し合う300年に及ぶ戦国時代の幕開けとなるが……。それは別の話。




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