第3話 骨は語る、血は夢見る
「何故……。何故だ」
私は睡眠欲を持たない。
だが、我が娘『エリザベート』は吸血鬼。昼間は自室の棺の中で眠らなければならない。
当然、私は暇を持て余すことが多い。
玉座に腰掛け、エリザベートが目覚める夕方をじっと待っている。
時折、配下たちが謁見を求め訪れるが、玉座に座る前から夕方まで左隣で立ち続けている二枚目のダークエルフに任せておけば問題は無い。
名前は忘れた。
興味すら無いが、エリザベートが261年と113日前に我が国の新しい宰相だと言っていた記憶がある。
「偉大なる魔王様、いかがなされましたか?」
「不愉快だな」
ふと漏れた私の呟きを聞きつけ、ダークエルフが問いかけてきた。
「勅命である! 愚かにも勇者を送り込んだ愚かな人間どもに鉄槌を!
明朝、全軍を以て人間領に侵攻を開始します! 各々、準備を急がれよ!」
玉座の間は突如歓声に包まれた。
いつの間にこんなにも多くの者たちが集まったのか。
私と彼以外、誰もいなかったはずの玉座の間に、今は多種多様なモンスターが整然と列をなし、広大な空間を埋め尽くしていた。
しかし、どうでもよかった。
今、私の思考はあの勇者一行の女騎士の変化に囚われている。
一週間前のあの時以来、その謎を追い続けているのに答えは見つからない。
何百年ぶりだろうか、一つの問題にこれほど拘るのは。
同じ女性として、メイドたちに助言を求めても『偉大なる魔王様の慈悲に縋れたのですから当然です』と要領を得ない返答ばかり。
女騎士を変えたバンダナオークは人間領へ出向いている。
女騎士に答えを直接聞きに行こうと思い立ったが、すでに牧場へ送られた後。
どちらも足を運ぶのは億劫で、こうして思考を巡らせているが、苛立ちは増すばかりだった。
「むっ!?」
突然、ひらめきが訪れた。
その糸口は、今正に自分が心の中で呟いていた言葉にあった。
そう、エリザベートは吸血鬼。
昼間は棺の中で眠り、生き血を欲する。
彼女が時折犯す失敗の罰として『お尻ぺんぺん』の刑を与えれば、頬を赤らめ、荒い息遣いになる。
私は気付いていないフリを貫いているが、いつからか『お尻ぺんぺん』の後はぐったりと動けなくなり、永遠に幼いアソコから涎を垂らすようになっている。
つまり、エリザベートは生物としての三大欲求を持っている。
同じアンデッド種でありながら、この差異を考えると理解できる。
彼女は肉体を持つアンデッドだが、私は骨だけのアンデッド。
肉体の有無こそ、私の求める答えに違いないのだ。
そして、すぐにより単純明快な答えも見つかった。
私は恥骨はあれども、性器は持たない。
どんな女の痴態を目の当たりにしても、心が揺れるはずもない。
「しばらく書庫へ籠もる。邪魔をするな」
もう玉座に座っている場合ではなかった。
珍しく機敏に立ち上がったため、騒がしかった玉座の間は一瞬で静まり返る。
しかし、そんなことに構ってはいられない。
今、最優先すべきは答えが待つ書庫へ急ぐことだ。
一応、言葉だけは残しておく。
この数百年ぶりに心を満たして溢れる高揚感を、邪魔されたくはない。
「なるほど! 人間どもに与える罰の選定ですね!
天を焦がす爆炎! 地を割る大地震! 人間どもを惑わして同士討ちさせる混沌!
ああ! どんな惨劇が見られるのでしょうか! 今から楽しみで仕方がありません!
お任せ下さい! 偉大なる魔王様に相応しい舞台を整えて、その時をお待ちしています!」
玉座背後の赤い垂れ幕の奥。
そこに控えるメイドたちの行動を待たず、赤い垂れ幕を勢い良く払い除ける。
背後でダークエルフが歓喜し、集まった者たちも『偉大なる魔王様、万歳!』と叫んでいるが、気にしてはいられない。
心底どうでもよかった。
「くっくっ……。面白くなってきた!
うん? 今、私は面白くなってきたと言ったな!
くっくっくっ! 良い、良いぞ! こんな感情、いつ以来だ!」
すぐに慌ただしい幾つもの足音と、メイドたちの『偉大なる魔王様、お待ち下さい!』という声が追いかけてくる。
だが、私は振り返らない。
ただ、書庫へ向かって、ひたすらに足を進めた。




