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元魔王先生のスパルタ勇者塾  作者: 浦賀やまみち
第三章 臆病な勇者

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第18話 吸血鬼との邂逅




「う、う~~~ん……。」




 微睡みの名残を感じつつ、上半身を起こして両腕をぐっと伸ばし、握り拳を作って思い切り伸びをする。


 それが済むと、自然に欠伸が漏れたが、驚くほどにすっきりとした気分が広がった。

 何日ぶりだろう。溜まっていた疲れが一気に抜けて、体が軽くなったような気がする。


 意識が鮮明になると、今度は空腹と頭のかゆみに気づく。

 食事とシャワー、どちらを先にしようかと考えながら、ベッドからゆっくりと降りる。


 物音一つしない真っ暗な闇の中。

 だが、自分の部屋だということは解っているから、不安はない。


 恐らく、今は深夜を過ぎているのだろう。

 家族を起こさないように注意を払わなければならない。



「えっ!? ……そ、そうだ! わ、私!」



 ところが、足を踏み出した瞬間、予想外が起こった。

 私は思い描いていたベッドと床の段差が全く感じられない。


 それも裸足で踏みしめた足の裏に伝わるのは、ひんやりと冷たく、ざらざらとした固い感触。いつも慣れ親しんだ自分の部屋のカーペットとはまるで違う感触だった。


 それがきっかけとなり、意識を失う前の記憶が一気に蘇った。

 慌てて状況を確認しようと腰を浮かせたその瞬間。



「どうやら、目が覚めたようだね」

「だ、誰っ!?」



 遠くでもなく、近くでもない距離から若い男の声が響いた。

 見知らぬ場所、目がまだ暗闇に慣れない中、若い男と二人きり。


 当然、私は怯えた。

 慌てて腰を落とし、寝ていた時に身体の上にかけていたものを胸に掻き抱く。



「フフ……。大丈夫だよ。その気があるなら、とっくにそうしている」

「そ、その気って!」



 相手はこちらを見えているのか。くつくつと笑った。 


 一応、経験は無くても、ネットの動画で興味本位で何度か見たことがある。

 男の言葉にその映像の中でよく目にするシーンが頭に浮かび、ますます不安が募る。


 慌てて胸とお尻を両手で確認して、下着をちゃんと着けているのを確かめ、胸をホッと撫で下ろす。



「くっくっくっ……。落ち着けと言っても、この暗さでは無理か」

「だ、誰なんですかっ!?」



 男の笑い声は少し大きくなった。

 私は何も見えなくても、やはり向こうはこちらが見えているのだろう。怯えは隠せなかったが、怒鳴ってみた。



「万物に糧を恵む光よ。我が行く先に灯火を示せ。ライト」

「わぁ……。」



 しかし、男が何やら言葉を紡ぎ、暗闇の中にそれが突然現れた瞬間、私は息を呑んだ。

 怯えも、恐怖も忘れて、ただただその光景に感動してしまう。


 私の部屋のシーリングライトの明るさには及ばないけれど、スマホの明かりよりも遥かに明るい球。

 男が差し出した右掌の上に発生したテニスボールほどの球は、ゆっくりと昇って、天井付近に滞空し、周囲を照らしてその影を踊らせる。


 明かりなんて、私が住んでいた世界では、誰もがスイッチ一つで簡単に得られるものだった。

 だが、目の前で繰り広げられたのは、明らかにファンタジー小説によく登場する『魔法』だ。


 それを初めて目の当たりにした私は、心の中で驚きと興奮が入り混じった感情に包まれ、思わず目をキラキラと輝かせてしまう。

 こんな世界にいるんだと、少しだけ夢見心地になった気分だった。



「簡単な生活魔術だよ。君も覚えようと思えば、覚えられる」

「本当ですか!」

「いや、覚えて貰わないと困るといった方が正しいね。

 だけど、その前にまずは自己紹介をしよう。私の名前は……。」



 視線を男へ戻せば、何だろうか。


 例えるなら、お祖父ちゃんの家へお盆やお正月に訪ねた時、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが私に見せるような視線。

 男が微笑みながら私を見るその視線に、それを感じる。優しさと懐かしさが込められているように思える。


 しかし、それ以上に男そのものが気になった。


 銀色の長い髪と白すぎる肌。

 額から目元の顔半分を隠す黒いマスク。

 草色を主体とした衣装と特徴的な内側が血のように深紅に染まった黒い外套。

 意識を失う前にいた礼拝堂の長椅子に立てた右膝を抱えるように座っている彼が誰なのかが解り、その名前が思わず口をついて出た。



「吸血鬼のナルサス」

「何故、私の名をっ!? しかも、吸血鬼だとどうやって見破ったっ!」



 ナルサスは仮面の奥で紫の目を見開き、椅子から立ち上がった。

 その足がこちらへと一歩踏み出され、私は身体をビクッと震わせる。



「いや、すまない。急に怒鳴って」



 今一度、ナルサスは目を見開き、視線を伏せると、静かに椅子へ戻った。

 私はその様子に安堵の溜息を小さく漏らしながら、後悔する。


 どう考えても私が悪い。怪しいとしかいえない。

 お互いが初対面なのに、どうして名前を知っているのか。


 それに吸血鬼はアンデッド。その主食は人間の血液。

 当然、人目を忍び、その名を知られないように生きているはずだ。


 だが、躊躇いは数秒だけだった。

 私は意を決して、逆に問い返した。



「6代目勇者、ファンベルト。

 名前こそ、英雄王の仲間に連ねていませんが、いつも彼を影ながら助けていましたよね?」

「んっ!? ……ああ、よく知っているね?

 懐かしい友人の名前だ。彼は人間だから、とうの昔に逝ってしまったけどね」



 そう、夢中になって読んだ『臆病な勇者』シリーズの六冊目。

 乞食の王様、その物語で登場する重要なキャラクターとして、私はナルサスを知っていた。


 主人公の成長を見守り、時に意味深な言葉で惑わせて導き、最後にはその成長を試すかのようにあえて立ち塞がる二枚目の吸血鬼。


 結局、その行動理念は物語の中で明かされないまま退場している。

 初登場から最後まで、その真意は解らずじまいだったが、一つだけ確かなことがある。


 それは彼が決して悪ではなかったということ。

 彼の行動の裏には、深い思慮と何かを守るための強い意志があった。

 どんなに冷徹に見えたとしても、その目には常にどこか温かさが宿っていた。


 その複雑さが彼を一層魅力的にしていた。

 そんなナルサスの数々の行動や言葉を知っている私は、異世界へ召喚され、誰も頼れない状況にいる。ナルサスなら頼れるはずだと思った。一歩踏み込んでみることにした。



「そして、最後は魔王を打ち倒すため、『四至宝剣』をファンベルトに与えた」

「失伝させたはずの四至宝剣の存在を知っているのか!」



 ナルサスが椅子を立ち上がる。

 その勢いは名前を告げた時以上だったが、私がここで退いたら協力は得られない。勇気を振り絞って頷き、言葉を紡ぐ。



「四至宝剣とは、魔王が世界から与えられた特権。常に纏っている四重の防御結界を破るための剣です。

 ですが、剣と言っても、その形は持ち手によって、槍にも、杖にも、弓にも変わる。剣と銘打たれているのは、仮初めの姿が錆び付いた剣だからです」

「その通りだ……。間違いない。

 しかし、それだけではないはずだ。その様子だと、私が犯した罪の大きさも知っているんだろ?」

「それぞれに火、水、風、土の精霊王が封じ込められていて……。

 魔王を倒すのと引き換えに、大地から精霊力が完全に失われてしまい、ファンベルトが守った国土は今、砂漠化が急速に広がっています」



 ナルサスが平静を取り繕うとして、失敗しているのが明らかだった。

 仮面を着けていても、彼の声にこもった動揺が明確に伝わってきた。


 今、話題になった『四至宝剣』とは、ナルサスが六冊目の勇者を導き、その仲間達が用いた武器である。

 物語の中で四至宝剣の行方については語られていなかったが、ナルサスの言葉から察するに、回収後は何処かに封印されたのだろう。


 何冊目に書かれていたかはうろ覚えだが、魔王は約250年周期で現れるとあった。

 それだけの長い時が経っていれば、いくら勇者を助けて魔王を倒した剣でも、すっかり忘れ去られているに違いない。


 ナルサスが顔を伏せ、深い溜息をつく。

 


「改めて聞きたい。何故、私を知っているんだ?」



 椅子にドカリと座り戻り、両腕を両膝に乗せた前傾姿勢で尋ねてきた。


 一瞬、私は口籠る。

 果たして、真実を語るべきだろうかという迷いがあった。


 しかし、ここまで話しておきながら、黙っているのは不審を招くだけ。信頼を得るために真実を話すべきだと心を決めて、私は口を開く。



「読んだんです。本で……」

「読んだ? 本?」

「そう、本です。

 私自身、未だ信じられないし、長い話になりますが……」



 そう言うと、ナルサスは首を傾げ、訝しげに私を見た。

 私は心の中で『やっぱり、そうなるよね』と呟きながら苦笑を堪え、『臆病な勇者』シリーズの七冊との出会いから話し始めた。




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