第17話 勇気の契約
「えっ!?」
目が焼けるような光がようやく収まると、知らない場所に立っていた。
周りを見渡せば、そこはとても古びた石造りの広い建物だった。
コンクリートではなく、重厚な石が積み上げられて作られている。
日本の建物らしさがまったく無い。テレビやネットで見た海外の建物とも違う。
左右の壁には、高い位置にある窓が並んでいる。
天井に近いその窓は、ガラスがはめ込まれているわけではなく、木製の跳ね出し窓だ。
少し開いているその窓から柔らかな光が差し込んできて、舞い上がった埃を照らし、キラキラと輝かせている。
その幻想的な光に、心が引き寄せられる。
だが、同時に胸の奥に湧き上がる不安も感じていた。ここが何処なのか、どうして私はここにいるのか、全く分からない。
「えっ!?」
再び驚きの声が口から出てしまった。
視線が不自然に高い。足元を見れば、大きな演台のようなものの上に立っている。
無性に恥ずかしかった。
慌てて演台から下りて、思わず辺りをキョロキョロと見渡す。
木製の長椅子がこちらを向き、左右の壁沿いに幾つも並んでいる。
それ等は朽ちかけていて、まるで何年も誰も座っていなかったかのようだ。
その中央には、演台から続く古びたレッドカーペットが敷かれており、10メートルほど先に影があった。
嫌な予感がした。
だけど、ここで立ち止まっていても何も分からない。
私には『今』を知る手がかりが必要だった。恐る恐る、足を一歩一歩踏み出す。
「ひぃっ!?」
信じ難い光景が目の前に現れた。
私は目をこれ以上なく見開いて、息を呑みながら、その大きな口を両手で覆った。
長い白髭をたくわえた老人が息絶えていた。
両膝を突いて座り、短剣を胸に両手で突き立て、灰色のローブを真っ赤に染めてながら、床の血溜まりを今も広げていた。
その表情に苦悶は見られない。
まるで何かをやり遂げたかのように穏やかだった。瞑られた両目の脇には、涙が残っている。
たまらず後退り、踵を返そうとして、思い出した。
私がつい声に出した異世界召喚の呪文。それを本の中で唱えていた人物と老人の姿と重なる。
「なら、ここって……。パンゲーニア?」
改めて、辺りをキョロキョロと見渡す。
間違いなかった。本の中で描かれていた描写が目の前にあった。
ここは闇の神殿の礼拝堂。
私が立っていた演台の奥。そこに両手を広げて立つ像『闇の神』がいた。
思わず七冊の本の中で舞台になっていた世界の名前を口に出した次の瞬間。
「あっ……。」
天井から光が柔らかく降り注いだ。
反射的に顔を上げると、何かが光を集めながら下りてくる。
それはゆっくりと形を成し、私の目の前で刀身を黄金に輝かす剣になった。
ここまで条件が揃ったら、私にでも解る。
昨日まで読んでいた六冊の主人公達と同じように、私は七冊目の主人公として選ばれたと悟る。
その事実に驚きや戸惑いはあれど、心の奥底では納得している自分がいる。
同時に、その剣を触れたが最後、元の世界に戻れなくなる。そう直感で感じた。
お父さんとお母さん、それに弟の顔が浮かぶ。
決別の時に思い浮かんだ顔がたった三人。それだけという現実に、少しばかりの情けなさを感じた。
しかし、それが全てだと思う。
私が居なくなっても、きっと他の誰にも大きな影響は与えないだろう。それが悲しくも感じる。
もちろん、恐れや不安もある。
積極性もないし、意気地もない。こんな自分がまさか世界を救う英雄になれるなんて、想像も出来ない。
だけど、あの六冊の主人公たちも最初はそうだった。
もしかしたら、私も彼らのように英雄になれるかも知れない。そう少し自惚れてしまう。
この臆病で消極的な自分を変えられるんじゃないかって、期待している自分もいた。
それに『なるほど』と納得が出来た。
七冊目のタイトル『臆病な勇者』なんて、私にぴったりだ。
自虐的な笑みを浮かべながら、黄金剣に手を伸ばす。
「駄目だ! それを手にしてはいけない!
一度、それを手にしたら、戻れなくなるぞ!」
突如、背後で天井か壁を破壊するような音が響いた。
神殿全体が微かに揺れる。
身体をビクッと震え、反射的に振り向きかけるが、破壊音に続く男性の叫びが私の耳に届く。
「止めるんだ!」
だが、それは逆に私を後押しさせた。
嫌だ。私は勇者になるんだ。
勇者とは、勇気ある者。私は勇気が欲しい。
誰かに流されず、自分の手で、運命を掴み取る者になるんだ。
私は前を見据え、黄金の剣を手に取って握る。
その瞬間。剣を持つ右手から身体中を貫く何かが走り、左足の太腿の内側を焼くような激痛を感じた。
多分、剣を手放したら、この痛みは消える。
しかし、剣を手放すわけにはいかない。
これはただの痛みじゃない。
私が変わるために、これが必要だと信じてる。絶対に手放さない。
右手に加えて、左手でも力一杯に黄金剣を握りしめ、激痛も恐怖も振り払っていく。
「絶対に離さないんだから!」
こんな大声を自分が出せるなんて初めて知った。
少しずつ、ゆっくりと剣を頭上に掲げていく。
手が震え、力が抜けそうになる。でも、私は歯を食いしばって、黄金剣をしっかりと掲げた。
そして、ついにそれをやり遂げた時、黄金の光は一瞬で消えて、激痛も消え、剣を包んでいた光は刀身を収める鞘に変わった。
「うっ……。」
静けさが広がる中、強い目眩が私を襲う。
足元がふらつき、何もかもがぐるぐると回るように感じる。
身体がいうことをきかず、私はその場に崩れ落ちる。
「アオイっ!?」
しかし、右足をついて、前のめりに倒れそうになったその瞬間、何かが私を支えた。
正面から、優しく腕を回して、私を抱き留めてくれる感覚。
その安心感に身を任せるように、私は無意識の内に目を閉じた。




